第十三話 夏の終わりと新たな物語

「あ、瑠衣!こっちこっち!」

翌日、無事に開催された夏祭りで四人は休暇を楽しむことにした

「うわ、千尋すごい似合ってる!
英治くんもうかうかしてらんないね〜」

「ばっ…千尋は他のヤローに渡さねーからな?!」

思わず包み込むように千尋を守る英治

「…英治、重い」

「なっ!」

「でも神崎ちゃん、確かにいいね」

ふふっと楽しそうに笑う楓

千尋の浴衣は白地ベースに涼しげな水色の花が散りばめられ
瑠衣は黒地ベースに紫色や白の大人っぽい浴衣

「二人とも、よく似合ってる」

楓が褒めると瑠衣も満更ではないようで

「あ、ありがと…」

ちょっと照れたように、視線を逸らした

「英治と楓くんもかっこいいよー!」

「マジ?!着てきて良かったわ〜♪」

「暑かったからね。
僕も久しぶりに浴衣なんて着たよ」

モノトーンでストライプの浴衣の英治と
白に紺色の帯と大人っぽい楓

千尋も瑠衣も、気分は最高潮だった

「それじゃ、ここからはそれぞれに分かれますか」

英治が千尋の肩に手を回して言う

「そうだね。それじゃ」

淡々と言った楓は瑠衣の手を引く

「行こ」

「う、うん!」

背を向けて屋台の方へ向かった二人

「…何だかんだ上手くいって、良かったね」

「色々とありすぎたけどな
…でも、やっぱり皆川信用して間違いなかった」

楓を救ってやれるのは、あいつだけだ

少し寂しいような、そんな気持ちだったけど。

「英治っ」

「んー?」

何気なく千尋を見下ろす

ちゅっ

「…?!」

「えへへ…。ほら、あたし達も行こっ!」

英治の手を引いて、照れ隠しに千尋は駆け出した


「いや〜…なんすかほんと、羨ましい!!」

「俺もいつか、あんな恋愛してみたい…!」

「…」

夏祭りには、聖や雅、透人も来ていた

四人の恋物語は院内で話題となり、一躍ときの人となった

「一条先生のあんな顔、俺初めて見た!!めちゃくちゃ可愛いんだけどあの人?!?!!」

「…確かに、かわいい」

「?!

待って、聖が俺と意見が合うって初めてじゃね?!嬉しいんだけど?!」

「…雅、うるさい」

ブルーハワイのかき氷を頬張りながら聖が言う

「まあまあ

…でも本当、あの四人は憧れるよな」

透人が先程まで四人がいた場所を見つめる

「…俺たちは医者とか看護師じゃないけどさ、これからもっともっと色んな人に出会うんだろうな」

雅がふう、と息をつく

「…そうだな

俺たちも、頑張って行こうぜ」

透人がぐっと拳を前に出す

「おう!…お前ら、抜け駆けすんなよ?」

二人をじっくり見つめ、雅も拳を突き出す

「…頑張るさ」

三人の拳から、しっかりとそれぞれの思いを感じた


「いや〜それにしても…本当、スケールが違いますな!」

フロア主任の板美さんが休憩スペースに座り、目の前の人物に笑いかける

「いえ…私はただ、言われて協力しただけですし」

「まあまあそう謙遜しなさんな

…あんなバカでかい花火を何発も、しかも二日連続で上げられるなんてあんたくらいしかいないわ」

「滅相もございません」

板美主任の前に座っていたのは、歩乃華だった

「あの“営業スマイルオールラウンダー”の山本くんがまさか誰かを好きになるなんて…

人生何があるか分かりませんね」

そう言って楽しそうに笑う歩乃華

「深山先生は、そういうのはまだ?」

板美さんの問いかけに少し黙って

「…いい出会いがあると、いいですね」

そう言って、花火が上がり続ける空を仰いだ

「…聖も今年からうちに来たみたいだし。
あの子にも、頑張って貰わなくちゃ」

がやがやと賑やかな祭りは、より一層色づいていた


ー同時刻

「…何しに来た」

「あら、少し話があって来たのだけれど」

透明ガラスの向こうには至る所に包帯やら手当てを受けた郁也

そしてその正面には、美里が座る

「…あなたの計画は、初めからおかしかったのよ」

「…」

「…あの病院に、瑠衣ちゃんが居ることを知ってたんでしょう?

数年前、私に受け入れて貰えなかったあなたは再び瑠衣ちゃんに想いを寄せ、会いに行こうとした」

「…」

「だけど、普通に会いに行っても上手くいく確率はかなり低い…

考えたあなたは、ある計画を思いつく。そうよね?」

郁也の膝の上の拳に力が入る

「大型商業施設で、玉突き事故を起こしたの…あなたよね?」

美里がため息をつくように、そう告げた

「…」

「…何も、言わないのね。

自分が怪我をすれば、すぐ近くのうちの病院に容易に入ることが出来る

そして、瑠衣ちゃんに会うことが出来る…」

「…」

「…本当、どこまでも馬鹿な男」

ふう、と髪をかきあげる

「…もう、分かってるんでしょう?

瑠衣ちゃんの瞳には、あなたなんてとうにいないって事」

「…っ、」

歯を食いしばり、悔しそうな顔をする郁也

「…一条先生も言っていたでしょう

瑠衣ちゃんには、瑠衣ちゃんの幸せがある。
そしてそれは、あなたにも同じこと…」

スッと立ち上がり、郁也に背を向ける

「…もう二度と、同じことをしないでね。郁也」

私はあなたが出てくるのを、

私はあなたが更生するのを、


あの病院で、待っているわ。

郁也を振り向くことなく立ち去る美里

「…っ、……」

郁也の瞳には、涙が浮かんでいた

「…美里のくせに、生意気だ…!」

「…お知り合い、ですか」

後ろで控えていた見張りの女が口を開く

「…遠い親戚。

そうとは知らず、一度振られてるんですけどね」

目を閉じて、天井を仰ぐ郁也



楓に殴られた頬が痛む

「…」



……瑠衣、


ー…幸せになれよ

暫く郁也は、そこから動けなかった


「…え、楓くんこれから出られないの?!」

瑠衣が顔を青ざめる

「うん、大体一ヶ月くらい。

まあ、僕もあいつ殴っちゃったし…
喧嘩両成敗ってね」

楓は今回の件で、一ヶ月の出勤停止命令が上から出された

「一ヶ月かぁ…遅めの夏休みかな?」

楓がはは…と笑う

しかし、瑠衣は目線を下に降ろし、俯く

「…あぁ、もう!

自分のせいって、また思ってるでしょ?!」

瑠衣の頬を両側から手で掴む

「僕が瑠衣を守りたかったから、そうしただけ。

…後悔はしてないよ」

「…楓くん、これで異動とかなったりしないよね?」

瑠衣が今にも泣きそうな顔で言う

「うーん…まあ無きにしも非ずだよね。

でもまあ、僕は瑠衣や英治、神崎ちゃんのいる“ここ”が好きだからさ!
他のところではもう働けないよ」

そう言って、くしゃっとはにかんだ

「…瑠衣、」

改めて瑠衣に向き直り、彼女の手をとる

「…いつか、心の準備が出来たら。

僕にこれを渡してほしい」

そう言って、瑠衣の手に何かを握らせる

「…?」

手元を見ると、小さな紺色の箱が。

「…開けていい?」

瑠衣の言葉に頷く楓

「…!」

箱を開けると


小さなペアリングが二つ、きらめいていた

「…ずっと、瑠衣の気持ちにも気づいてた

だけど、僕自身の気持ちが曖昧で。
英治と色々話をして…決めたんだ」

瑠衣の瞳に、涙が光る

「楓くん…」

「一つは瑠衣ので、一つは僕の

瑠衣が僕とこれから先も、ずっとずっと一緒にいたいって…」

そう思って、思い続けてくれるなら

「その時は、僕にこれを渡してほしいんだ」

楓の背後で花火が次々に上がり、楓の照れた表情がよく見えない

「かえで、くん…っ、!」

でも瑠衣には、これ以上ない幸せだった

「これからもよろしくね、瑠衣」

「…うん!」

手を繋いで横に並ぶ二人

ぎゅっと握った手が離れないよう、お互いに寄り添う


やっと気持ちを伝え合い、素直になれた二人

遠くから手を振り駆け寄る英治や千尋

二人を見つけてやって来る聖に雅に透人

反対側からは歩乃華や板美さん、秋田さんたちもやって来る


たくさんの人に囲まれて、二人はやっと、歩き始めた…



※この作品はフィクションです