第十話 大切な日

「…あれ、瑠衣は?」

準備が整った千尋は英治と楓がいるリビングへと来た

しかし、そこに送ったはずの瑠衣の姿が見えない

「皆川?…来てないぞ
お前と一緒に、キッチンに居たんじゃないのか」

「ううん。
私、瑠衣をリビングに送ったはずなのに…」

「瑠衣、どこかほかの部屋にいるんじゃない?」

楓の一言から、瑠衣を探すことになった

「瑠衣ー?どーこー?」

「皆川〜」

「瑠衣ー!」

三人がかりで瑠衣の捜索にあたる

一人暮らしの家だからそう広くは無いものの…

「にしても…瑠衣の家、部屋数多くない?
これ、一人暮らしするには広すぎるでしょ」

「あー…瑠衣のお父さん、実業家だからお金持ちなの。
瑠衣の部屋も結構大きいよね」

「「…マジかよ」」

口をあんぐり開けた楓くんと英治

それが何だかおかしくて笑ってしまう

「でも、これだけ探していないなんて…瑠衣、どこかに出かけちゃったのかな?」

「ケータイ鳴らせばいいだろ、ほら」

英治がリビングへと持ってきた千尋のバックからケータイを取り出す

〜♪

「…あれ、これって……」

「…何か、こっちの方から聞こえないか」

楓くんの後を追って行くと…

「あれ、この部屋だけ鍵が閉まってる」

ガチャガチャと何度ドアノブを回しても開かない扉

「…もしかして、皆川怒らせたんじゃねーの」

「…マジ?」

千尋と英治がサーッと青ざめる中、楓は子猫のふーを見ていた

「…」

ふーは一生懸命、開かないドアを開けようとしていた

「…」

ばりばり…

「…」

ばりばり…

「…あれ?」

しばらくふーを見ていると、楓が何かを発見した

「ねぇ、見てよ二人とも。
この子の首輪に、何かついてる」

楓がしゃがみ込んでふーの首輪に付いていた紙を取ると…

“今日ちょっと疲れちゃったので寝室で少し寝てきます”

「あいつ、いつの間に…」

「って事は、瑠衣いま寝てるんだ」

「あ、鍵もちゃんと付いてる。ホラ」

楓がふーの首輪に付いていた小さな鍵を外す

「…流石に僕らが入るのもあれだし、神崎ちゃん呼んできてよ」

楓が千尋に鍵を渡そうとする

「え、あたしより楓くんの方が良くない?」

あっさりと断った千尋はよろしくと楓に背を向けて英治の手を引く

「…頑張れ」

笑いながら英治は千尋に手を引かれ、その場を去った

「…そんなことある?」

一人その場に取り残された楓をふーが見上げる

「…お前も、一緒にご主人様を起こしに行くか?」

苦笑いで楓が言うと、ふーは可愛らしい声をあげた

「…」

ドキドキしながら、震える手で鍵を差し込む

「…やべ、緊張してきたんだけど」

赤らむ顔を悟られないよう、口元を手で覆う楓

「…起こすだけ。起こすだけ、だから」


ーーーーガチャリ、


「…瑠衣、居る?」

ドアを開けると、正面の奥に見慣れないものが見えた

薄いラベンダー色をした天蓋のついた大きなベッド

そこに、彼女はいた

「…見かけによらないとはこの事か」

くすっと笑うとベッドに近寄る

「…瑠衣、起きて」

ベッドに腰掛け、瑠衣の額を撫でる

「…よっぽど、疲れてたんだな」

愛おしそうに、瑠衣を優しく撫でる楓

「…瑠衣はさ、無理にでも聞かなきゃ自分の事も、教えてくれなくて。
だけど…
無理に聞いた後、やっぱり聞かない方が良かったかなとか、思う時もあって」

誰に言うでもなく、ぽつりぽつりと口にする

「だけど、やっぱり聞いて良かったって思う気持ちの方が、強くて。
瑠衣の不安とか気持ち…ちゃんと分かってあげたいって、思う」

撫でていた手はいつの間にか止まる

「…こんな気持ち、初めてだよ」

弱々しく、楓は俯いた

「あの日…二人でエレベーターに閉じ込められた日
瑠衣の気持ちも考えずについキスしちゃった事、俺ずっと後悔してて。

…瑠衣には、他に好きなヤツがいるかもしれないのに、俺なんてことしたんだろうって」

ギュッ、と反対の拳を握る

「…瑠衣から元彼の話聞いた後、すっげー悔しかった

俺の知らない瑠衣を知ってるあいつが、
瑠衣に好かれて付き合ってたあいつが、
瑠衣の担当患者で毎日会えるあいつが…


心底、羨ましかったんだ」

歯を食いしばり、どうしようもできない自分の感情を何とか抑えようとする

「瑠衣が誰を好きでも、いい。


…俺は瑠衣の事が好きだ」


しばらくの間、沈黙が流れる

「…っ、!!」

ハッとした楓がばっと瑠衣から離れる

「…っ、俺…今なんて……?!」

部屋に入るより何倍も、顔を赤く染める楓

「…起きてない、よな?」

そーっと瑠衣を確かめる

瑠衣は、スースー寝息を立てて気持ち良さそうに寝ていた

「…良かった」

ふぅ、と大きくため息をつくと。

「…瑠衣!起きろ!」

両手のひらをメガホンのようにして瑠衣の耳元で叫ぶ

「っ、?!?!!」

飛び起きた瑠衣は訳が分からず混乱していた

「…っ、?!か、かかか楓くん?!」

「…おはよ」

くすっと笑うと瑠衣に向き直る

「よく寝てたね。…疲れてた?」

必死に髪を整えながらうんうんと小さく頷く瑠衣

「神崎ちゃん達、準備出来たって。
行こう?」

瑠衣に手を差し伸べた楓

「…っ…、」

しかし瑠衣はその手を取らず…

布団から出てこず、何やらもじもじしている

「?どしたの……って、」

それに気づいた楓は慌てて瑠衣に背を向ける

「…っ、おいおい……。
瑠衣お前さっきまで仕事着だったろーが…」

楓が慌てるのも無理なかった

いつもなら、寝る前は部屋着に着替える瑠衣

しかし真夏の暑さでクーラーをつけてはいたものの、仕事着を床に放り出してそのまま寝ていた瑠衣

「悪いんだけど…」

か細い声で瑠衣が言いかけると

「分かってる出てく」

動揺しすぎて棒読みになる楓が出て行こうとすると…

「…え?」

何故か、瑠衣の手が楓のジャケットの裾を掴んだ

「…っ!ご、ごめ……」

無意識に掴んだ裾を慌てて離し、顔を布団に埋めた瑠衣

「…」

少しの間、黙ってその場にいた楓

そしてベッドに乗り、瑠衣を見下ろす

「…瑠衣、好きな男以外にそんな事しちゃだめだよ

俺だって男だ。…勘違いする」

そう言ってパッと離れると、そのまま部屋を後にした

「…っ、……!!」

楓の顔があと数センチの所まできて、

楓の息がかかるくらい近かったさっき

「…もうだめかも」

はー…と大きく天井を仰ぐ瑠衣

「…にゃあ」

「ふーちゃん!…あなたが楓くんを連れてきてくれたのね」

ふーを膝の上に乗せ、優しく撫でる

「…嫌われちゃった、かな」

実は楓が額を撫でた辺りから意識があった瑠衣

いつ起きようかタイミングを見計らっていたが…

「まさか、あんな起こされ方するなんて思わないよね」

くすくす笑いながら先程までのことを思い出す

「…思い合うって、難しいよ。千尋」

両手で顔を覆う瑠衣は火照りがなかなか冷めず…

部屋からしばらく出られなかった


「…で?お二人さんはそこで何してんの」

部屋のドアをぱたんと閉めた楓はドアがあった場所にいた千尋と英治を睨みつける

「盗み聞きとか、趣味悪い

英治はともかく神崎ちゃんまで…」

頭をかきながらため息をつく楓

「…で?お二人さんはどこから見てたの」

「そりゃあもう、ねぇ…」

「初々しすぎてこっちが赤くなったわ…」

にやにやと楓を見る二人

「…」

それに対して楓がご立腹の様子

「あー、でもほら!今日は“あの日”だし!
瑠衣がもう来るんでしょ?早く行ってようよ!」

千尋は慌てて英治と楓と共にリビングへと向かった

がちゃ…

部屋から出てきた瑠衣は千尋から先程送られてきたメッセージからリビングへと向かう

“準備が出来たらリビングに来てね!”

「…?何で電気消えてるの」

パチ、と瑠衣が電気をつけると…


「「「ハッピーバースデー!!!」」」


パンパンッ!!とクラッカーから色とりどりのテープが飛ぶ

「……へ?」


ぽかーんとする瑠衣に千尋が近寄る

「もう、瑠衣ってば!
自分の誕生日忘れるなんて何事〜?」

「千尋がさ、どうしてもこのメンバーで祝いたいって聞かなくて」

英治も眉を下げて笑う

「瑠衣、おめでとう!」

先程までの事を気にするそぶりも無く、満面の笑顔で迎える楓

「あ、ありがとう……!」

仕事が忙しくて自分の事なんて全く気にしていなかった瑠衣

それを知っていた千尋は何かしてあげたいと英治と楓に協力してもらい、パーティを開くことにしたのだった

「ほら、見てみて!
今日は瑠衣の好きなものたっくさん作ったの!」

「僕は家から作ってきたんだ〜♪
瑠衣、この間のパエリアすごく美味しいって喜んでくれたから、また作ってきちゃった!」

テーブルの上にはたくさんの料理

「…悪いが俺は料理出来ないからな。
周りのセッティングだけさせてもらったよ」

「流石小児科ドクター♪
飾り付け、かわいいね!」

千尋がにこにこしながら眺める

「ほらほら、主役がいつまでもぽかーんとしてたら始まらないでしょっ

さ、始めようっ!」

その日、瑠衣には最高の笑顔があった


ー同時刻

「…瑠衣と話はしたの?」

「えぇ」

「ふうん…可愛い子だったでしょ」

「…そうね」

淡々と返す彼女は暗い病室で、スマホの画面を眺めていた

「…つれないなぁ。俺らの仲じゃないか」

「…あなたはあまり好きじゃないの」

「俺、“いい人”のつもりなんだけどな〜」

寝転んでいた彼は起き上がり、足を組んでベッドに腰掛けていた彼女の腰に手を回す

「…何のつもり?」

「いや?…いつ見ても、綺麗だと思って」

「見た目だけ、でしょう?」

冷たい眼差しで彼の方を向く

「…僕に協力してくれるというなら、中身まで綺麗と言おうじゃないか」

「あなたからの評価だけのためにそんな真似しないわ」

つん、と彼から顔を離す

しかし顎を彼に掴まれ、唇が重なる

「なっ…!」

「君は俺に逆らえない。

…そうだろう?」

「…」

四人の知らないところで、不穏な影は着実に動き出していた