「———川、長谷川っ!」
「イタッ」
バコッ、という音と共に、教室中にクスクスと小さく笑いの渦が起こる。
現国の川谷先生は怒ると怖いって有名なのに、一番前の彼は毎回堂々と机に突っ伏して寝るものだから、この光景はうちのクラスではもうお決まり。
「いったいなあセンセー、叩くならもうちょっと優しくたたいてよ」
「その前にオマエは叩かれない努力をしろ、長谷川」
「だってセンセーの授業ねむいんだもん」
「……放課後職員室に来なさい」
耐えきれなくなったクラスメイト達が、一斉にどっと笑いだす。私も周りにつられて思わず笑ってしまう。
そんな中、長谷川くんは悪びれもなくむくりと頭をあげて、せかせか黒板の文字をノートに写し出している。よく寝ているけれど、そういうところはちゃんとしてるんだよなあ。
頭がいいのは、そういうところなんだろうな。
なんて、一番うしろの席から彼を眺める事しか出来ない私は、本当は何ひとつ、長谷川(はせがわ)くんのことを知らない。