さくっとパスワードを解除し、すぐに開けるようにする。再びメモアプリを開き、一行目に『遺書』と書き込んで改行。さて何を書けばよいものやら、書くと決めたはいいものの指が動かない。少し考えてから使い慣れたフリック入力のキーボードを叩くと、思ったよりそこから先は滑るように言葉が溢れてきた。


突然こんなことをしてしまってすみません。いじめや虐待があったわけでは決してありません。言わされているわけでもなく、これは僕自身の意思できちんと書いているものです。僕がこの選択肢を選ばなければならなかったのはあくまで僕自身の問題、考え故のことであって、学校も先生方も友達も両親も、誰ひとりとして悪いわけではありません。僕が自殺するのは、ただ僕が泣くことにも助けを求めることにも疲れてしまって、この世界に絶望したから。それでもここまでは何とか生きて来たけど、どうしても、せめてもの枷だと思っていた未来や家族、そして小説が、自分の枷ではなくなってしまったことに気付いてしまった。気付いてしまったら、僕はもう、それ以上生きていくことなんて出来ないと思ってしまった。


────そう。僕は、生きている意味なんて分からなくてしまったのだ。


生きる意味がなくとも、それを探しながら生きていく方法だってあるだろうと、誰かは言うかもしれない。僕だってそれは考えたし、そのための未来という枷だった。でも違った。未来なんてあってもなくとも、変わらないと、そう思ってしまったらもう耐えることなんて出来なくなった。


どうしてこんなことになってしまったのだろう。


自分でもよく分からない。どうして今日、こんな場所にいるかすらよく分かっていない。


よく分からないまま、逝ってしまおうと、そう思った。


また変に考えを拗らせてしまう前に。逝きたくないと思ってしまう前に。無意味な期待を、持ってしまう前に。


何度もなんども助けを求めた空に手を伸ばそうとした、その度に助けてくれることはないと気付いて、自嘲しながらその手を引っ込めた。子供の頃は、何にも考えずにその空に助けを求めることができたのに、いつからできなくなってしまったのか。気付いた時にはもう、空は助けてくれないことを知ってしまっていて、それから僕は空に助けを求めることはなくなってしまった。


つ、と頬を涙が伝って、コンクリートの床に染みを作る。


泣いたって仕方ないことは分かっているのに、どうしてこう何度も泣いてしまうのか。泣いているだけではだめだということを知っているのに、どうしてこう性懲りもなく涙が出てくるのだろう。