山と家とスーパーを行ったり来たりする日常が始まって二週間経った頃だった。

その日、母親はなんだかピリピリとした雰囲気を出していた。いつもは弟に付きっきりの彼女がその日だけはじっとりと私ばかりを視線で舐め回していた。
そして、私が何かすればお小言を言った。

「もう高校生なんだから」
「将来を見据えて」
「迷惑かけないでよ」

きっと昨日の夜に父さんに何か言われたんだろう。

「山なんかに行かないで勉強した方がよっぽど有意義だとわからないの?」

それまでの発言に私の鬱憤は募るばかりだったのだが、その言葉に私の我慢は限界に達した。

「わかんないよ…!なんで山は有意義じゃないって決めつけてんの?
私のこと何にも知らないクセに、勝手なこと言わないで!!」

初めて、母親に反抗した。
今までどんなに嫌でも反抗したことなんてなかったのに。

私は駆け出した。後ろで母親がなにか言っていた気がするが、気に留めなかった。

逃げた、と言われても仕方がないかもしれない。私に、母親と真っ向から対峙する強さや力はないのだ。
私に出来るのはただ、自分の意思で自分の思いを考えることのみだった。

言わないで。
シンがいる山を、いらないなんて。
意義がないなんて。

シンは必要だよ。
私が生きるために必要な人なの。

私はシンの存在を誰かに否定されたくなかった。
シンは儚げで、朧で、気づいたら

消えて居なくなりそうで。

存在を否定されたら、彼は私の前から消えてしまうんじゃないか。
そう思ったら、シンのことを誰かに話すのも怖くなった。
チキンな私には、そんなこと出来やしなかったけれど。

私の脚は自然に山を登っていた。

あぁ、もうすぐシンに会える。
そう思うと幸せな気分になった。

そして、彼のいつも通りの姿で川を見ているのを見つけると、毎度ひどく安堵するのだった。