好きな人が現れても……

マンションに着き、ドアが開いてから躊躇う。
足を踏み入れずにいたら課長が背中を押してくれた。


「ちょっと散らかってるけど驚くなよ」


玄関先に置いてあるのは段ボール箱の山。
引越しの準備を始めてるらしく、引越し屋さんのマークが印字されてる。


「ここに住み出してから千恵の物を全く片付けてなくてさ」


全部彼女の実家に送る物だと言いながらリビングへと進む。
どうして送るのかと問うことも出来ず、その後ろを付いて行った。


ドアを開けた課長から、適当に座って…と言われ、目線を部屋の中に向けると、右側の壁に置いてあったピアノが見当たらない。
その横にずっと置いてあるゴムの木だけが聳え立ってた。


「課長…ピアノは?」


何だか違和感を覚えて聞いてみたら、振り返った彼が「売ったよ」と言う。


「千恵の願いだったし、引き取り先が調律もすると言うから任せたんだ」


専門業者に引き取りを頼み、今日の午後、受け渡しをしたそうだ。