好きな人が現れても……

(ヤダ。行かないで)


摘んだままだった指先に力を入れ、離すもんかと引っ張る。
ツン…と生地が突っ張るのを感じた課長が振り返り、改めて私を見下ろした。


「俺達、別に待ち合わせてなんかないっすよ」


紺野君の声に振り返り、課長が「え…」と小さく呟く。


「俺が勝手に横山を待ってただけで、さっき会った時、様子が変だったから」


ジロッと視線を下げられ、私はバツが悪くて目を逸らした。
課長は紺野君と私を交互に見て、それから彼に変だった?と聞き返した。


「なんか怒ってる風だったんっすよ。ムッとして恐い雰囲気で」


課長の目線がこっちに向けられるのを覚え、ワイシャツを握る手に冷や汗をかく。
まさか彼を追ってたなんて、此処では口が裂けても言えやしない。


「間違いなく何かあったんだと思ったけど、その元凶が現れたってことなのかな」


じっと私の指先を見てる。
離さなくてはいけないけど、そしたら課長にも逃げられそうで怖い。


此処で立ち去られたら聞きたいことも聞けなくなる。
そしたら、何もかも尻切れ蜻蛉で終わってしまう。