好きな人が現れても……

「そんな怖い顔してどうしたんだよ。何かあったのなら言ってくれよ。そうでないと俺の気持ちが落ち着かねえから」


懇願する彼のことを吐け口になんてしたくない。
これは自分自身のことで、彼には関係のないことだ。


「……ごめん。紺野君には言いたくない」


言えばきっと縋り付きたくなる。
私が課長のことを思う気持ちを彼に擦り付けたくはない。


「自分が確かめることなの。紺野君に話しても決着がつくことでもないし、今は仕事を優先したい。
気持ちは有難いと思うよ。でも、いい。紺野君は帰るところだったんだから、私のことなんて放っておいていいから!」


解くように腕を振り払った。
紺野君の手は離れていき、その手が触れてた場所が痛んだ。


「さよなら。気をつけて」


走り出す私を彼は追ってもこない。
課長からも紺野君からも追われない自分は、少しも価値のある存在に思えなかった。


情けなくなって更衣室のロッカーの前にしゃがみ込んだ。

課長に話しても届かないし、だからと言って紺野君にも縋れない。

頭の中ではさっきの様子が浮かんでしまい、どうしてという疑問だけが生まれる。