好きな人が現れても……

課長の声は悔しそうだった。
今でも奥さんのことが忘れられずにいるんだな…と痛感させられた。


「…だけど同時に怒りも覚えたよ。さよならと書かれた文末に、ふざけんな!と言いたくなるくらいにね」


若干声を荒げ、それ以上悪い言葉が出てこないようセーブする。
それを見つめながら、課長の複雑な思いを知ったーー。


「千恵は俺に再婚を勧めてた。もう一度誰かと愛し合って下さい…って。だけど、俺は……」


言葉を続けず、課長はきゅっと口を結んだ。
まるで、それ以上は言わないんだという顔つきで黙り込んでしまった。

私はその言葉の続きを聞かなくても分かる気がした。

多分、きっと、「千恵との愛だけがあればいい……」だろう。


タオルを持ってた手の力が抜けて、ポタリと真央ちゃんの顔の上に涙が落ちた。

「ん…」と声を発した彼女が唇をへの字に曲げて、ヤバい…と思ってタオルを再び顔にくっ付けた。


「…真央を運ぶよ…」


そう言って課長が側へ来るのを、ドキドキしながら見つめた。

課長は私の膝から真央ちゃんを掬い上げると、軽々とお姫様抱っこをして立ち上がった。