好きな人が現れても……

（…違うな。きっと彼女が声をかけてくる前から虚ろだったんだ…）


横山の頬に触れた瞬間、最後に触った千恵の肌を思い出した。


冷たかった筈の彼女が蘇ったのかと思った。　
それにしては若い肌だなと、多少不思議には感じたが。


俺が支配したかったのは横山葉月ではなく千恵だ。

二度とあんな暗い闇の中には帰さない。

そんな馬鹿げた思考だけが働いてたーー。


逃げようとする舌を追いかけたのは、もっとキスを味わいたかっただけだ。
確かな温もりを感じていたかったのかもしれない。


だけど、それは千恵の舌ではなく横山だった。
それを知った瞬間、彼女からも見捨てられる……と実感した。


あれほど俺のことを好きだと訴え続けてきた女性を愚かな自分の行動で傷付けた。
堪えきれようもない程の涙を溢れさせ、何の弁明も出来やしない。


彼女はもう二度と俺のことを好きだとは思わないだろう。
これからは態度を一変させて、再びクールに接してくることだろう。


もう笑いかけてくることもなく、怒った様に頬を膨らませることもないのだ。