ホテルの前まで、徒歩10分ほどだった。

安そうなホテル。きっと寝心地だって最悪だしボロそう。

直也だったらもっといいところにしてくれる。

「直也……」

思わず呟いた。

そのとたん、直也との思い出が走馬灯のように蘇ってきた。

楽しいことばっかり。つらかったことも今では笑い話だから、きっと今回のことも私が許せばいい話だよね。

「直也?ああ、彼氏くん?はいはい、そんな人のことは忘れよーねー」

金髪は私の腕をまた引っ張った。

でも私は、流れには従わなかった。

「は?」

「やめてください、あの、やめてください」

一生懸命言葉を発して、抵抗する。

だが、金髪の男は振り返って私の肩を平手で殴った。

「んだよ今さらぁ!ここまできてそれはねぇだろ?」

今度は違った意味で涙が出てきた。痛みと恐怖で、体も唇も震えた。

「お、おい、やめろって」

帽子の男の方は、金髪の男が私を殴ったことで慌てたようだ。

「うるせぇ!ほら行くぞ!どうせお前は彼氏に捨てられてんだよ」

嗚咽が漏れ始めた。
もうダメかもしれない。どうしたらいいの。

「おーい。何やってるんですかお兄さんたち」


その時、2人の男とは違う声が聞こえた。

2人も私も、そちらの方を振り向く。

そこには、ホテル街に似つかわしくない、黒のリュックサックにキャップをかぶって大きな買い物袋を手に持った青年が立っていた。

青年は私を見て目を丸くした。

「えっ、お姉さん泣いてんじゃん。ちょ、警察呼んであげようか?それともホテルのスタッフに言ってあげようか?」

男はそそくさとスマホを取り出したり、ハッとしてホテルの中へ入っていこうとする。

それを見て、金髪は私の腕を離した。


「うわうわ、ごめんて!冗談冗談。帰るぞ!」

帽子の男に告げて、2人で大股で歩いて闇の中に消えて言った。

その2人を見送りながら私はボーッとしていた。

「お姉さん、大丈夫?」

青年の声にハッとして、

「大丈夫ですっ!ありがとうございました、ほんとに」

そう言って頭を下げた。

「いいのいいの。気をつけなきゃダメだよ、ああいうの、わんさかいるんだから」

「はい……すみません」

「えぇ、謝らないでよ。お姉さんが無事でよかった」

顔を上げると、その青年はにっこり笑っていた。

顔をくしゃくしゃにして笑う彼に、直也を重ねたのかもしれない。

私はそろそろと彼にしがみついた。

彼は一瞬驚いたように硬直したが、次の瞬間には買い物袋を持っていない手の方で私の体を抱きしめてくれた。

その手が冷めきった私を温めてくれるようだった。


「……すみません」

我に返って、私は彼から離れた。

「いいえ。ホテル街で抱き合う男女って、もうそういう風にしか見えないし。浮かないし。いいよ。まあ、俺は買い物袋持ってるんだけどね」

彼は、そう言って大きな買い物袋を持ち上げて見せた。

私が思わず笑うと、

「よし笑ったー。帰ろうか」

そのあっさりさに、また笑顔になった。

「はい。ありがとうございました」


「うん。ホテル街抜けて人多いところまで一緒に行く?家どの辺?」

「え、でも……」

正直このまま家に1人で帰るのは怖かったが、さすがにもう12時回っているのに送ってもらうのは気が引けた。

「でも1人じゃ怖いでしょ、彼氏呼ぶの?」

彼は、なんてことないように聞いた。

直也は、近いうちに話さなきゃいけないけど……。

「……会いたくない」

「だよね。ちょっと話聞いちゃったからさ……俺が送る!」

今度は優しさが身にしみて泣きそうだった。

「あーもう、泣かないでよ?行くよホラ!」

泣きながら頷いて、