私の小学生の時の夢は、ケーキ屋さんだった。

だけど、料理が得意じゃないと気づいて、諦めた。

中学生の時の夢は、小説家になることだった。

だけど、現実を見ろと言われて諦めた。

高校生になると、とりあえず大学に行けばいいと思った。

そしてとりあえずそこそこの大学の文学部に受かった。

大学に行けば、やりたい事や夢も見つかるはず。

そう言い聞かせてきて2年。

私はバイトに明け暮れ、勉強する時間を削っていたおかげで単位が取れず、留年。そして退学した。


さらにそれから1年。21歳になった私は、フラフラと夜の街を歩いていた。

スマホを右手に握りしめ、肩は震えていた。

目からこぼれる涙の粒も、わなわなと震える唇も、全てこのスマホに映し出された画面のせいだった。

『唯花、言いにくいんだけどさ、これ中山くんだよね?』

友達の奈々実から送られてきたメールに添付されていた画像。

男と女がラブホテルに入って行く写真で、仲睦まじく男は女の肩を抱いている。

そしてその男は、奈々実の言うように、私の彼氏である“中山”直也だ。

ついでに女の方は、“佐原”里歩。

どちらも同じバイト先の同僚だった。

最近妙に仲良くなりだしたなと思っていた。
里歩ちゃんは控えめな性格で、おっちょこちょいで、背が低くて、いつもおどおどした様子で頼りない。そのせいか、仲がいいのは私くらいだったと思う。
私はそんな里歩ちゃんに同情して、彼氏の直也も紹介した。

3人で話したり出掛けたりするようになった。

それが、いけなかったんだ。

この写真の里歩ちゃんは、控えめでおどおどなんて印象はない。
完全に「女」だ。

直也は、160センチの私よりも背が高くて、180センチはある。そして筋肉質で元野球部。笑うと顔がくしゃくしゃになる。そして優しくて心配性。

そんな直也だけど、この写真の直也は見た事もない顔をしている。
完全に体目当ての、男の顔。

私は浮気された事も直也の下品な笑顔も里歩ちゃんの女の顔も全部ショックだった。

泣きながらフラフラ歩く女なんて夜の街では見慣れているからなのか、誰も私を気に留めない。

人通りが少なくなった路地で、私はついにしゃがみ込んだ。

ふと握りしめたスマホからあの写真が目について、思わず放り投げた。

その時だった。

「いてっ!」

誰かにスマホが当たった。

ハッと顔を上げると、そこには2人の男がいた。

1人は帽子を後ろ向きにかぶっていて、もう1人は金髪の髪の毛を短く刈り上げている。

「あ、すみませ……」

慌ててその2人に駆け寄り、スマホを受け取る。
2人は私が泣いているのを見るとニヤニヤし始めた。

「ありがとうございます……」

頭を下げ、逃げようとする右腕を、金髪の男が掴んだ。

「えっ?」

「お姉さん、どーしたの?泣いてるじゃない」

金髪は、ニヤニヤしながら上目遣いでこちらを覗き込んでくる。

「なんでもありません」

「そんなわけないでしょー?さっきスマホ、見ちゃったんだよね。浮気でしょ?あれ」

思わず金髪の男を見ると、ニコッと笑いかけてきた。

「関係、ないですよね」

やっぱり、めんどくさい奴らに捕まってしまった。

「今から作ろうよ!ゆっくりできるところ知ってるからさ」

横から帽子の男が声をあげた。

「そーそー。何もしないからさぁ」

嘘つけ。ゆっくりできる所ってホテルでしょどうせ。

直也と里歩ちゃんも、ホテルで……。

私馬鹿みたい。里歩ちゃんに同情して、直也を紹介して。結局里歩ちゃんを見下してたんじゃない。だからこんな仕打ち受けるんだ。

私が何も言わないのにいい気になったのか、金髪はそのまま私を引っ張って行く。

「やめてよ!」

慌てて抵抗すると、帽子の男が後ろから肩を抱いてきた。

「まあまあ。お姉さんもさ、彼氏にやられちゃったんだからさ、仕返しって事でさ」

いやもう、それホテルに行くよって言ってるようなものじゃない。


でも、そうか。仕返し。


私が他の男に抱かれたって知ったらきっと、直也はショック受けてくれるよね。しかもそれが直也の浮気が原因だったら。


私は抵抗するのをやめて、流れに従うことにした。