カラメルの匂いが鼻をつく。
外見だけで甘ったるいと分かるスイーツを、先輩はいつも嬉しそうに食べる。
その笑顔が嬉しくて、甘党でない卯月もついつい同じものを頼んでしまって。
無理して食べてみるけど食べ切れずに、先輩に食べてもらうのが常で。
「卯月は、少食だなぁ」
なんて、笑われて。
そんな日々が、部活で疲れた時にたまにカフェで奢ってもらうあるだけだけど、嬉しくてたまらなかった。小さなことでもうきうきして、近づけた気分になって。
───もっと、先輩のこと、知りたかった。
不意に目頭が熱くなって、卯月はそれを誤魔化そうとごしごしと目を擦る。腫れた目が大きな洒落た窓に映っていて、その平凡な顔に親友の綺麗な顔が重なって、ぼやけて。
「──────……っ……」
胸がつまる。
嗚咽が喉まででかかって、卯月はそれを必死に押しとどめた。
勝手に好きになって、勝手に振られただけ。
彼女でもないのに。ただの先輩後輩だったのに。少しでも期待した私が悪い。そんなこと、あるわけないのに。
あるわけ、ないのに─────…
傷つく資格なんてない、だって私もあの子を傷つけた。
あの子は私に何もしていないのに、私は自分勝手に傷つけた。
だから目の前で立ち上る湯気がちっとも美味しそうに見えないのに、食欲なんて欠片もないのに、クリームブリュレをわざわざ注文したのは、ささやかな卯月の自分への罰だ。
そして、こんなことしかできない自分が情けなくて歯痒かった。
「…落ち着いたか」
「…うん、ちょっとは」
私は微かに頷いた。
上原卯月は、サッカー部に所属していた。マネージャーとして、憧れの先輩、大賀隆介先輩とも近づけて、部活のある日は気づかれないようにそっと目で追う。
ミーハーのクラスメイトよりも、よっぽど先輩のことを知っていると思っていた。
だから、そんなことを思ったバチが当たったのかもしれない。
絶対にありえないこの恋に、奇跡が起きるかもなんて、そんな望みを抱いていた日々は、ある日あっけなく砕け散った。
休日、親友の笹原希と、先輩が一緒に歩いているのを見てしまった。
私といる時とも、友達といる時とも違う顔、してて。
照れたり、小突いたり。
「あ……」
やっぱり、私はただの後輩だったんだな。そんな感想が、すとんと胸の内に収まった。その時は涙も出てこなくて、だけど見ていられなくて。
微かに後ずさりすると、卯月は反対方向に走り出した。
会いたくない会いたくない会いたくない。
見たくない。
信じたく、ない。
そう思い込もうとするのに、足が止まらないのはどうして。喉の奥がなんだか熱を帯びたように熱いのは、どうして。
瞬間、視界が傾いたかと思いきや、したたかに体を地面に打ち付けていた。
「いっ……た…」
痛い、なぁ。
くじいた足首が、痛い。
だからだ。
そうに、決まっている。
涙がこぼれ落ちたのは、足が痛かったからだ。
「すごく…いたい…………」
肩が震える。
道中なのにみっともない。そう思ったけど、腰が上がらない。ぺたんとへたりこんでいた卯月に声をかけたのは、幼なじみの達也だった。
「こんなとこで、何してんの?」
「………ほっといて」
掠れた声で卯月が言うと、達也は顔をしかめ、
「…さすがに、俺も泣いてる女子ほっとけないから」
達也らしくない科白を吐いて、私を立ち上がらせた。
「…どっか、寄るか」
それに従うのは少し不本意だったけど、今家に帰りたくない気分だったので、こくりと頷いた。
すぐそこにあったカフェに入ると、達也は私に奢ると言ってくれた。そして私を気遣ったのか、黙って席を立つ。
不器用な優しさがなんだかおかしくて、笑ってしまった。
クリームブリュレが運ばれると、丁度達也も戻ってきた。
「…落ち着いたか」
「…うん、ちょっとは」
微かに頷くと、達也も笑って、スイートポテトを注文した。
「…達也、そういうの頼む柄だったっけ?」
「これは別なんだよ。甘いけど、芋っつーか…」
「ぷっ…なにそれ」
思わず笑ってしまう。強がりなのか本当なのか、どちらにしても面白い。
肩がふっと軽くなって、私はぽろりと言ってしまった。
「私……先輩のこと、好きだったんだ…隆介先輩。サッカー、してる、時とか。…すごく、かっこよく、て」
切れ切れになったのは仕方ない。
拙い私の告白を、達也は真剣に聞いてくれた。それが心地よくて、ありがたくて、ついつい甘えてしまう。
「私…希みたいに、可愛かったらよかったのに。性格だって、こんな、…今、私、希が目の前に現れたら、いつも通りに接する自信、ない」
希は何も悪くないのに。
次々と吐き出してしまう面白くもない愚痴のひとつひとつを、達也は黙って聞いている。
「私…私、もう………サッカー部に、いられないよ…」
「…いいんじゃないか?卯月は十分、頑張ったよ」
「…っ」
思いがけない言葉に顔を上げると、達也は優しい顔で言った。
「頑張らなくていいよ、もう」
外見だけで甘ったるいと分かるスイーツを、先輩はいつも嬉しそうに食べる。
その笑顔が嬉しくて、甘党でない卯月もついつい同じものを頼んでしまって。
無理して食べてみるけど食べ切れずに、先輩に食べてもらうのが常で。
「卯月は、少食だなぁ」
なんて、笑われて。
そんな日々が、部活で疲れた時にたまにカフェで奢ってもらうあるだけだけど、嬉しくてたまらなかった。小さなことでもうきうきして、近づけた気分になって。
───もっと、先輩のこと、知りたかった。
不意に目頭が熱くなって、卯月はそれを誤魔化そうとごしごしと目を擦る。腫れた目が大きな洒落た窓に映っていて、その平凡な顔に親友の綺麗な顔が重なって、ぼやけて。
「──────……っ……」
胸がつまる。
嗚咽が喉まででかかって、卯月はそれを必死に押しとどめた。
勝手に好きになって、勝手に振られただけ。
彼女でもないのに。ただの先輩後輩だったのに。少しでも期待した私が悪い。そんなこと、あるわけないのに。
あるわけ、ないのに─────…
傷つく資格なんてない、だって私もあの子を傷つけた。
あの子は私に何もしていないのに、私は自分勝手に傷つけた。
だから目の前で立ち上る湯気がちっとも美味しそうに見えないのに、食欲なんて欠片もないのに、クリームブリュレをわざわざ注文したのは、ささやかな卯月の自分への罰だ。
そして、こんなことしかできない自分が情けなくて歯痒かった。
「…落ち着いたか」
「…うん、ちょっとは」
私は微かに頷いた。
上原卯月は、サッカー部に所属していた。マネージャーとして、憧れの先輩、大賀隆介先輩とも近づけて、部活のある日は気づかれないようにそっと目で追う。
ミーハーのクラスメイトよりも、よっぽど先輩のことを知っていると思っていた。
だから、そんなことを思ったバチが当たったのかもしれない。
絶対にありえないこの恋に、奇跡が起きるかもなんて、そんな望みを抱いていた日々は、ある日あっけなく砕け散った。
休日、親友の笹原希と、先輩が一緒に歩いているのを見てしまった。
私といる時とも、友達といる時とも違う顔、してて。
照れたり、小突いたり。
「あ……」
やっぱり、私はただの後輩だったんだな。そんな感想が、すとんと胸の内に収まった。その時は涙も出てこなくて、だけど見ていられなくて。
微かに後ずさりすると、卯月は反対方向に走り出した。
会いたくない会いたくない会いたくない。
見たくない。
信じたく、ない。
そう思い込もうとするのに、足が止まらないのはどうして。喉の奥がなんだか熱を帯びたように熱いのは、どうして。
瞬間、視界が傾いたかと思いきや、したたかに体を地面に打ち付けていた。
「いっ……た…」
痛い、なぁ。
くじいた足首が、痛い。
だからだ。
そうに、決まっている。
涙がこぼれ落ちたのは、足が痛かったからだ。
「すごく…いたい…………」
肩が震える。
道中なのにみっともない。そう思ったけど、腰が上がらない。ぺたんとへたりこんでいた卯月に声をかけたのは、幼なじみの達也だった。
「こんなとこで、何してんの?」
「………ほっといて」
掠れた声で卯月が言うと、達也は顔をしかめ、
「…さすがに、俺も泣いてる女子ほっとけないから」
達也らしくない科白を吐いて、私を立ち上がらせた。
「…どっか、寄るか」
それに従うのは少し不本意だったけど、今家に帰りたくない気分だったので、こくりと頷いた。
すぐそこにあったカフェに入ると、達也は私に奢ると言ってくれた。そして私を気遣ったのか、黙って席を立つ。
不器用な優しさがなんだかおかしくて、笑ってしまった。
クリームブリュレが運ばれると、丁度達也も戻ってきた。
「…落ち着いたか」
「…うん、ちょっとは」
微かに頷くと、達也も笑って、スイートポテトを注文した。
「…達也、そういうの頼む柄だったっけ?」
「これは別なんだよ。甘いけど、芋っつーか…」
「ぷっ…なにそれ」
思わず笑ってしまう。強がりなのか本当なのか、どちらにしても面白い。
肩がふっと軽くなって、私はぽろりと言ってしまった。
「私……先輩のこと、好きだったんだ…隆介先輩。サッカー、してる、時とか。…すごく、かっこよく、て」
切れ切れになったのは仕方ない。
拙い私の告白を、達也は真剣に聞いてくれた。それが心地よくて、ありがたくて、ついつい甘えてしまう。
「私…希みたいに、可愛かったらよかったのに。性格だって、こんな、…今、私、希が目の前に現れたら、いつも通りに接する自信、ない」
希は何も悪くないのに。
次々と吐き出してしまう面白くもない愚痴のひとつひとつを、達也は黙って聞いている。
「私…私、もう………サッカー部に、いられないよ…」
「…いいんじゃないか?卯月は十分、頑張ったよ」
「…っ」
思いがけない言葉に顔を上げると、達也は優しい顔で言った。
「頑張らなくていいよ、もう」