前半部分はテンポがゆっくりなので、楽譜通りに吹くこと自体は難しくない。
だが、楽譜からは直接わからない、感情表現が重要になってくる。
テンポを僅かに揺らしてみたり、楽譜には書かれていない微妙な強弱をつけたり。
「表現力を豊かに」と、合奏で何度も先生に指摘されたところだ。
スラーで繋がった、ひとつひとつのフレーズに、心を込めながら吹く。
聴く人を感動させるようなメロディーにするために。
次のフレーズを吹こうと息を吸ったその時────
体育館の扉がガラガラと開く音がして、男子バスケ部の人たちが出てきた。
………あ!
その中にはもちろん、ハルトもいる。
バスケ部員たちは私が練習している場所のすぐ近くの水道で、水を飲んだり顔を洗ったりしている。
ハルトもそこへと歩いている。
────今だ!
私はとっさにトランペットを構えて、大きく息を吸う。
この音を、ハルトに聴いてもらえる、大チャンスだ。
「雲の信号」の前半部分で一番好きなフレーズに、ありったけの愛を込めて吹く。
ハルトの心へ届くように。
音が高くなるにつれて、少しずつ加速しながらほんの少しクレッシェンド。
音が低くなるにつれて、少しずつ減速しながらほんの少しデクレッシェンド。
これは、松本先輩に教わったことだ。
最後の音をふんわりと優しく響かせてから、私はゆっくりトランペットを下ろす。
そして、ハルトの方を見る。
ハルトもこちらに気付いたようだ。
「お、志帆じゃんか。がんばれよ!」
そう言うとハルトは、また背を向けた。
────やった!!
胸の中に湧き上がる喜びの感情を噛み締めつつ、私はもう1度トランペットを構える。
そして、体育館に戻っていくハルトの姿を見ながら、さっきの続きのフレーズを吹いた。
この想いを、音に変えて。
どこまでも響け、私のトランペット────

