「何も知らない後輩に、どう教えればいいのか、僕はずっと手探りでね。先輩としてうまくやれてるのか、分からなかったんだけど」
先輩は一呼吸置いてから続ける。
「それでも、そんな思いの中で教えてきた後輩たちがここまで成長して、広野さんにもそう言ってもらえたから、僕は嬉しいよ。まあ、僕じゃなくて前田さんや新しい先生が頑張ったからこうなったんだろうけどね。
僕も本当に負けてられないよ。後輩たちがこんなにも成長しているんだから、 僕ももっともっと頑張らないとね」
そう言って先輩は、私に向かって微笑んだ。
────あの頃と変わらない、優しい笑顔で。
私は、それに応えるように続ける。
「先輩の言うその人がどんな人なのか、私は知らないですけど、きっと先輩はもう、先輩が思うより素晴らしい先輩になってますよ。その人と比べてとかじゃないけれど、私がそう思っているんですから」
「そっか……ありがとね、広野さん」
いつの間にか私たちは、二人の帰る方向が分かれる所まで来ていた。
────言わなきゃ。
「────あの、先輩、言いたいことが」
「どうしたの?広野さん」
だが、その次の言葉はあまりにも重すぎて、声に出すことはできなかった。
「……なんでもないです」
そう言う私に先輩は怪訝な顔をしながらも、歩道の端に寄って立ち止まり、また話を続ける。
「そういえば、明日のコンクールの出番は、午後からだっけ?」
「そうです」
「高校がちょうど、明日の午後が休みでね。コンクール直前だから無理しないようにってことで、午前だけの練習になってるんだけど。だから、明日ももし間に合えば、見に行くかも」
「本当ですか!?嬉しいです!」
私はそう言いながらも、素直に笑えなかった。
────ここで気持ちを伝えてしまえば、その言葉はきっともう、実現しないから。
だけど────
このままにしておくなんてできない。
ここを出ていく前に、「永遠の別れ」になる前に、私がするべきことなんだから。

