カリンはそのまま皿に残ったドーナツの端っこを頬張りつつ、メッセージを返していたが、やがて「えー!?」と声を上げた。


「カリン、どうしたの?」

「お兄ちゃん、『家の鍵忘れてたから、次の電車で帰って来るのに間に合うように家戻って来れる?』だってー」

「丁度食べ終わったし、帰ってもいいよ?」


私はそう言いながらコップに残ったアイスティーを一口だけ飲む。


するとカリンは、思いついたように、「あっ、そういえばさ……」と言う。


「何?」

「お兄ちゃんが次の電車で帰るって言ってるからさ、松本先輩も同じ電車で帰ってくるんじゃない?」

「確かに!」

「えーと、今の時間は……」


カリンはちらりとスマホに視線をやると、また私の方に向き直る。


「志帆の家はここから駅方面だよね」

「うん」

「今から帰ればさ、駅まで15分ぐらいでしょ?丁度、電車が着くぐらいの時間にあっちの方着けるんじゃない?」

「なるほど、そうかもね」

「だからさ、志帆……」


カリンは真剣な顔で私の目を覗き込んで言う。


「志帆、今から松本先輩に告白してきなよ!」

「え、えぇーーーーー!?今ーーー!?」

「うん!今だよ、今」

「ちょっと、コンクール終わってからって言ったじゃん!なんで、よりによってコンクール前日の今日に」

「でも、志帆、志望校も決まったし、演奏も聴いてもらえたし、正直もう思い残すことないんじゃない?」

「それはそうだけど…」

「大丈夫、カリンにはわかるの。志帆はもうずいぶん強くなってる。だから、今告白しても、結果がどうであれ、コンクールにまで影響するほどメンタルやられたりはしないと思うんだよ」

「で、でも、いきなり言われたってさ…」

「大丈夫、志帆ならできるよ!次いつ会えるか分からないんだし、もう会えなかったら嫌でしょ?チャンスは大事にしなきゃ」

「そうだね…」


私はコップに残ったアイスティーをぐいっと飲み干す。


透明な氷だけが底に残って、カラン、と音を立てた。


「わかった。うまく会えるかは分からないけど、私、頑張ってみるよ」

「それでこそ志帆だよ!カリン、すっごく応援してるからね!」

「うん!ありがとう!」

「それじゃ、行こっか!」


私たちは食べ終わった食器を返却口に置いて、ドーナツショップを後にした。


そして、建物を出て、それぞれ自転車に乗る。


「それじゃあ、志帆、明日の本番、頑張ろうね!バイバーイ!」

「バイバーイ!」


私はカリンと反対の方向に向かって進み出した。