「うん、まぁ、いいけど………」


戸惑いつつもそう答えると、セイジは「じゃあ、当日の夕方、適当な時間にここに来てよ。待ってるから」と言って、近くに止めていた自転車にまたがった。


「一緒に帰るか?」

「えっ、いや、まだ練習するから」

「そっか。じゃあな」


セイジはそう言うと、颯爽と去っていった。


私はその背中をただぼんやりと眺めていた。


……私と。セイジが。……一緒に夏祭りに。


別に嫌ではないのだけど、どうにも違和感が拭えない。


この歳にもなって、セイジと二人並んで夜店を回るなんて。


胸の奥が、何だかもやもやする。


セイジは何とも思っていないのだろうか?


それとも────




────“でも、前より一緒にいること増えてる気がするし、そういう感じの噂も立ってるみたいだよ”


────“でも、幼なじみって、いつかは恋に発展しそうな響きだよね”




適当に聞き流していたはずの今日のカリンの言葉が、急にはっきりと頭の中に蘇ってきた。







────まさか……………?










私はさっきまでいたベンチのところにゆっくりと歩いて戻ると、一回だけソロの部分を吹いてから、楽譜をめくった。


タイトルの『じんじん』の文字と、右上の「B♭ Trumpet 1」の文字が視界に飛び込んでくる。


すると、心の中にあったもやもやした何かは、一瞬のうちに消え去ってしまった。


────地区大会まであと1週間。


松本先輩のような演奏ができるようになるために。


松本先輩に誇れる演奏ができるようになるために。


松本先輩のような先輩になるために。


そして、最後はしっかりとこの想いを伝えて、「別れを告げる」ことができるように────


私は空を見上げた。


深く、青く、どこまでも澄み渡る空。


あの空を目指して。



私はしっかりと気合いを入れると、息を深く吸い、最初のフレーズを吹き始めた。