音楽室に戻ると、ちょうど部員たちはそれぞれお弁当を食べ終えて、仲のいい人同士でお喋りをしていたり、午後の練習の準備をしているようだった。


「あっ、志帆、おかえりー!何してたの?」


自分の席に戻るなりそう聞いてきたのはカリンだ。


「ちょっと、セイジに頼まれて、勉強を教えてたの」


私は保冷バッグを椅子の下に置いて、代わりにトランペットを持ちながら答える。


「セイジって、福原誠司くんのこと?」

「うん、そうだよー」

「志帆、最近よく福原くんと一緒にいるよね!もしかして福原くん、志帆のこと好きなんじゃないのー?」


カリンは小物の入ったトートバッグと譜面台と楽器を持って、音楽室の扉の方へと向かいながらそう言った。


「ないない!そんなことは絶対ありえないって…」


私も練習に必要な物を持って、カリンの後に続いて歩きながら答える。


強く否定しようとしたつもりなのに、なぜか語尾に力が入らなかった。


「でも、前より一緒にいること増えてる気がするし、そういう感じの噂も立ってるみたいだよー」


音楽室を出て、階段を降りていく。お気楽そうに喋るカリンの声が、壁に反射して響く。


「えー、一緒にいること増えたっていっても、ただ同じクラスになっただけだし。恋なんて、絶対ありえない。ただの幼なじみなんだから」

「でも、幼なじみって、いつかは恋に発展しそうな響きだよね〜」


相変わらずのほほんとした口調でカリンが言う。私は首をぶんぶんと横に振り、「ありえないよ、絶対」と言う。


体育館の横のいつもの練習場所に着くと、譜面台を立て、パート練習の準備をする。階段の方から足音が聞こえてきて、トランペットパートの後輩たちが次々にやって来る。


「まあ、志帆は、『先輩』だもんね?」


カリンは私の目を見てそう言うと、うふふ、と笑う。何を言いたいのかは言葉にしなくとも分かる。


私は照れくさくなって、微笑みながら無言でうなずいた。