さっき通ったあの人は、間違いなく松本先輩だった。


心の中に、とてつもなく強い衝動が湧き上がってくる。


先輩に会いたい────


そんな気持ちに突き動かされて、私はリサに別れを告げて手を振った後、先輩を追いかけて全速力で自転車を漕いだ。


湧き上がる強い感情にひたすら身を任せて。


遠くに見える、松本先輩の背中に向かって。


追いつきたい────


全身に吹き付ける風に抗いながら、私は一生懸命松本先輩を追いかけていく。


全力で、自転車を漕いでいく。


だが、なかなか追いつけそうにない。


そのとき────


松本先輩の少し前にある青信号が点滅し始めた。


止まれっ────!!


信号が、赤に変わった。


松本先輩が、横断歩道の手前で止まる。


────今だっ!!


私は横断歩道の手前を目指して、一気に自転車を漕いでいく。


そして────


「……松本せんぱいっ!」


偶然を装いながら、その背中に向かって声をかけると────愛しい人はすぐに振り向いてくれた。


「久しぶり!…って、この前も会ったね」


そう言って微笑む先輩。


その笑顔を見た瞬間────胸も、顔も、一気に熱くなる。


────この優しい笑顔が、何よりも大好きだ。


見ているだけで、胸の奥から何か温かいものが湧き上がってくるような、そんな感じがする。


私は松本先輩の隣に自転車を並べ、信号が変わるのを待つ。


「今は、コンクールの曲の練習してるのかな?」と松本先輩が聞いてくる。


「はい、……『せんばやま変奏曲』って曲で……あの、『あんたがたどこさ』の変奏曲なんですよ。……面白い曲です」


さっきまで全速力で自転車を漕いでいたから、息が上がってしまっているけれど、それを気づかれないように、音を立てないように息を吸いながら話す。