────“ないない、そんなことは絶対ないと思うよ!”



あの時のカリンの言葉が、また蘇ってきて、私の胸を締め付ける。


────決して、真実を告げることなんてできない………


「…………うん、恋はしてない。好きな人も、できてないよ」


感情を押し殺した声で、カリンの背中に向かって言う。


その瞬間────さらに、私の胸は締め付けられた。


カリンはそんな私の様子には少しも気付かず、「そうなのー?でも、志帆はきっといつかいい恋できるよ!」と、普段と変わらない純粋で少し幼い口調で言いながら、準備室を出て音楽室に戻っていく。


私もその後について音楽室に行く。


────カリンに、嘘をついてしまった………


人を疑うことを知らない、純粋な心の持ち主のカリンに────


罪悪感で胸が痛くなる。


私とカリンの間に、ほんの少しの浅い溝ができてしまったような気がした。


ひとまだぎで越えられるほどの、小さくて浅い溝。だけど、確実にそこに存在している溝。


私が松本先輩のことを好きでいる限り、この溝はきっと埋まることはないだろう。


それでも、せめて、カリンがこの溝の存在に気付かないこと、そして溝でつまづいて転んでしまうこともないことを祈りたい。