ショウヘイはその問いにすぐには答えようとしなかった。

何て言うの?

私のこと。

「・・・いないよ、誰も。いるわけないじゃないか。」

「じゃ、この靴は?明らかにショウヘイのじゃないでしょ。」

その女性は、ショウヘイのこと「ショウヘイ」って呼び捨てにした。

元奥さんならしょうがないこと。

だけど、たったそれだけのことで私の脆い心が一瞬にして壊れていく。

一見しっかりと作られた陶器でも、たった一度床に落としただけで亀裂が入って少しずつ粉々になっていくみたいに。

手に持っていた茶碗を両手でぎゅっと握りしめた。

「この靴はこないだ俺の姉貴が心配して来てくれたときに忘れていったんだ。」

姉貴。

私の靴が姉貴のものにされてる。

それもショックだった。もっと慌ててもいいはずの状況なのに、妙に冷静なショウヘイに。

言えない?

私と今一緒に暮らしてるって、元奥さんには言えないんだね。

それって。

そういうこと?

元奥さんとよりを戻すから、やっぱり私の存在は迷惑ってこと?

今を大事に、今を正直に生きてるんじゃなかったっけ?

「とりあえず、今日は部屋も散らかってるし義父さんも下でお待ちだから帰って。」

「うん、わかった。」

女性はしぶしぶ「さよなら。」と言うと階段を降りて行った。

窓の外で車のエンジンがかかる音がする。

車の音が次第に小さくなっていった。

バタン。

玄関の扉が閉まる音がして、廊下の電気が点いた。

「帰ってたんだ。」

ショウヘイの声が廊下を通ってリビングに響いた。