結婚適齢期症候群

ホテルは空港からバスでウィーンに入り、市街のわりと賑やかな場所に面していた。

そこそこ立派なホテル。

一人で泊まるにはかなり贅沢な佇まい。

彼は若いけど、結構お金持ってるのかもしれない。

遠慮なく奢ってもらうわ。

部屋も割と広く、簡易ベッドを置いてもまだ十分に余裕があった。

「何から何まですみません。」

部屋に入ると、ペコリと頭を下げた。

正直、こんな嫌な奴だけど、こいつがいなかったら今頃どうなってたかわからない。

ふとマキのニヤニヤしてる顔が頭に浮かんだ。

マキ!

刺激が強すぎるよ!


「あの、お名前お聞きしてもいいですか?」

日本に帰った時、お礼くらいはさせてもらわないとね。

ホテルの鏡の前にあったメモ帳とボールペンを持った。

「言いたくない。」

「え?」

「日本に帰ってからは全くの別人になった方がいいだろ?ホテルで一緒に泊まってたなんて、他の人に知れたら君も困るんじゃない?もういいお年頃みたいだし。」

いいお年頃って。

いちいち気に障る。

だけど、彼の言ってることはすごく常識的だと思った。

それに、きっと私がお礼するとか煩わしいのかもしれない。

例えば、彼は日本に愛する恋人がいるとか、もしくは妻帯者とかもあり得る。

それで1人旅っていうのも謎だけど。

だけど、ここで奢られっぱなしはいくらなんでも・・・だよね。

「お気遣いありがとうございます。だけど、ここでかかった費用とかちゃんと返したいし。」

「ホテル代はたいしたことないし、食事代も今晩だけ出すけど、後は君の所持金でやってくれれば返してもらう必要はないよ。」

「でも。」

「本当にいいんだ。気にしないで。」

彼は頑なだった。

そこまで言われたら、なにも言えなかった。

「すみません。ありがとうございます。私の名前は、言っておいた方がいいですか?」

「僕も言わないんだから、君も言わなくていいよ。名前を知らなくて何もここで困ることはないから。」

彼はそう言うと、スーツケースから小さめのバッグを取り出し財布を入れた。

「何か食べに行く?俺もお腹空いたし。」

「はい。」

ぶっきらぼうだけど、そんな悪い人じゃないかもしれない。

ようやく、安心できたような気がした。