「それは、元カレを取り戻すためでしょ」

「それだけなら、普通に彼に接近して奪えばいい。でも、それだけじゃダメだったんだ」

「どういうこと?」

「香取先生は志織を見て、そして志織の周りの評判を聞いて『勝てないかもしれない』と思ったんだよ。それであんなことまでしたんだ」

私は首をかしげた。
私に勝てないなんて思うはずがない。
香取先生は才色兼備が歩いているような人だ。

「志織の自己評価が低いことは知ってるけどね」
クスッと笑った。
「今、うちの病院じゃ、エライ人たちから周布先生のウケが悪いんだ」

今度は周布先生?

「志織が退職したのは周布先生のせいだってエライ人たちが怒ってる」

そうか、変な時期に欠員出しちゃったしね。迷惑かけちゃった。

「志織が考えてる理由じゃないよ」

「どういうこと?」

「まずICUの師長と主任は志織を次期主任として育てようと思っていた。
循環器内科の師長も同じ。循環器内科部長は志織がお気に入りだったし、仕事も評価していた。
志織は脳神経外科の部長とも仲がよかったみたいだよな。
お気に入りといえば、整形外科、小児科、内科、皮膚科、眼科、精神科…とにかくたくさんの外来診療担当医達も志織がいなくなって残念がっているよ。もちろん、外来師長も」

「私、各診療科のドクターとはあんまり面識ないよ?」

洋兄ちゃんはクスッと笑った。
「あっちは知ってるよ。
志織が中央採血室担当だと外来と採血室とで何もトラブルが起こらないんだ。
無理なオーダーもクレームがこない。
血管が細くてどうしても採血ができない患者の採血指示だとだいたい外来に戻されちゃうのに、志織が担当していると戻って来ない。精神科の採血を嫌がる患者さんも、泣き叫んで暴れる子どもも1才未満の赤ちゃんもみんなだよ。
定時採血が何人も続いてもやりくりしてこなしてるだろ?
『藤野マジック』なんて呼んでるドクターもいたよ」

「知らなかった…」

「外来師長の所には『採血が抜群に上手なナースがいる。ぜひ採血室に固定にして欲しい』って投書が何通もあったみたいだよ」

確かに、採血には自信があったけど、そうたいしたことはない。

「あ、あと事務長。事務長の所にはナースの対応への感謝状が届いていたし、志織の見合い話まで来ていたからね」

み、見合い-?
「聞いてない」

「もちろん。志織には教えてないからね。俺が全部断っておいた」
洋兄ちゃんはにっこり笑った。

「まぁ、そんな事で志織が辞めたのは周布先生のせいだって噂があったからね、周布先生は他のドクターから恨まれてるってわけだ」

「私が辞めたのは周布先生のせいだけってわけじゃないのにね」
私は苦笑した。