「それにしても、なんだったんでしょう」

私の呟きに、彼は手すりを背もたれにして「ん?」と首を傾げた。

「みなさん、もの珍しそうに私を眺めていたのに、途中から急にフレンドリーになって――」

「ああ、それはね。華穂ちゃんを未来の社長夫人だと思ったからだよ」

「え?」

御堂さんが、悪いことを企むときの、意地悪な笑みを浮かべた。

「華穂ちゃんは俺の彼女だって説明したんだ。結婚を前提にお付き合いしています、って」

「えっ……!?」

悪びれもなく言う彼に、呆然とする私。
あのときの額のキスは、そういうことだったの!?

「どうしてそんな嘘を!」

「いちいち説明するのも面倒だし」

「だからって、ついていい嘘と悪い嘘があるじゃないですか!!」

なにしろ、これほど大きなパーティーを開催する大企業だ、その跡取り息子の恋人――ひいては結婚といったら一大事だろう。
彼らはフレンドリーだったんじゃない。妻となる可能性のある私にごまを擦っていたんだ。
これが嘘だと知れたら彼らはどんな顔をするだろう。

「みなさんに顔向けできませんよ」

「かまわないじゃないか。華穂ちゃんの場合、今日が終わればもう二度と彼らに会うこともない」

「だとしても、嘘をつくなんて不誠実なことです」

「それなら―ー」

不意に肩を引き寄せられて、よろけた私の身体を彼が胸で受け止めた。そのまま包み込むように手を回す。

「本当に付き合っちゃおうか」

甘い声が耳をくすぐった。すぐ斜め上の彼の顔が悪戯っぽくニヤリと笑った。
長い睫毛に、大きくて綺麗な二重の瞳、すっと通った鼻筋。
まるで悪魔のようだ。私を魅了して弄ぶ。