「ごめんね華穂ちゃん。食べ放題どころじゃなくなってしまったね」

私たちは人目を盗んでバルコニーへと抜け出し、建物の影に隠れるようにして身を潜めた。
ここなら誰にも見つからず、質問攻めからも逃れることができる。

「……酷い目に遭いました」

「ごめんごめん。こんなに囲まれるとは思わなかったんだよ」

どっと疲労感が押し寄せてきて、バルコニーの縁の手すりに身体を預けた。
階下には東京の夜景が広がり、キラキラとした光が星屑のように散らばっている。
幻想的でとても綺麗な景色だけれど、感動するだけの体力が残っていない。

四月も後半に差しかかり、だいぶ風が暖かくなってきた。
とはいえ、ドレスにショールという恰好の私には少し肌寒い。

肩をさすると気づいた御堂さんが、ジャケットをかけてくれた。
質の良い滑らかな肌触りと、かすかな薔薇の香りに包まれて、少しだけ動揺した。

「これじゃあ御堂さんが風邪を引いてしまうんじゃ……」

「大丈夫。さっきワイン飲まされたし、ポカポカしているよ」

そういえば彼、客人たちに囲まれている最中、ワインを勧められていたんだっけ。
それなりにグラスを開けていたみたいだけれど、彼の顔はいつも通り飄々としていて、酔っているようには見えない。