この体勢じゃなくてもいいよね、と言ったが横抱きの姿勢からは解放されない。
『ああ…、美しい私の姫。
どうか、目を覚まして下さい』
そう言って、王子はゆっくりと顔を近付け……
、キスをした。
「…!?ちょ、キスはフリのはずでしょ!?」
「そんなこと、先生に言われたっけ?」
「何言ってんの、普通フリでしょ?」
「分かんないじゃん、そんなの。
だったら本当にする方で慣れておいた方が良くない?」
苦しい理由だと分かってる。でも、何も言い返せなかった。瀬川の顔には怒りがありありと浮かんでいて、1度のキスでは許さない、というように眉間に深い溝を刻んでいる。
「ほら、やり直し。もう一回」
ああでも…、そこまで言って、瀬川は私の耳に顔を近付けた。
「そんなに顔も耳も真っ赤じゃ…、演技出来ないね」
ふっ、と私の耳に息を吹きかけて、瀬川は顔を離していく。
「なっ、なっ…!」
「本当に真っ赤だよ?可愛いなぁ」
「も、や、やめてよ!出来るし、演技…っ!」
顔を直視出来なくて、私はもう一度目を閉じた。大体演技といったって、私はただ目を閉じているだけだ。
「そ?じゃあもう一回」
『ほんとにバカだな、俺の姫は』
さっきとセリフが違う。
少し前のシーンからやっているのだろうか。
『拓海と仲良いところ見せれば、俺が諦めるとでも思ったんだろ?』
「ちょ、それ絶対セリフじゃないでしょ!」
目を開けて抗議するも、瀬川はにっこりと微笑んだだけでそのまま続けた。
『本当にバカだなぁ…。
残念だったね?
逆に俺の独占欲に火をつけたみたい…』
瀬川の表情は、まさに「黒」かった。
あまりの迫力に、目を開けたまま固まる。
瀬川の手が優しく頬を撫でる。
『びっくりしたよ自分でも。
俺って独占欲強いみたい。
まぁ、どっちにしろ、今日はしばらく解放出来そうにないよ、姫』
そう言って、また瀬川はキスを落とす。
もう一度言おう、その日は散々だった。
「劇の練習」と称して、瀬川は何度も何度もキスを落としてきた。
「もっ、無理だって、他のシーンに…」
「あと少しだけ」
何回抗議しても、キスシーンの練習は終わらない。その度にキスされるこちらは、たまったものではない。
「これくらいでやめておいてあげるよ。
っていうか、これ以上は俺がヤバいわ」
これくらいで、と言っても私は小一時間拘束されていた。
その間中ずっとキスを落とされ続けたのだから、息も上がってしまっている。
「これは「お仕置き」だよ。分かったでしょ。
もう2度と、俺に嫉妬させないことだね」
コクコク、と私は頷く。
これ以上ないくらい思い知った。瀬川は怒らせてはいけないと。

