「こんにちは」

「あ、先生。」

4月2日PM15:00
主人との待ち合わせよりずっと早いけどそわそわしてしまい、早めに家を出て鍵を閉めてる時だった。

目の前に居たのは優美と優香の塾の先生。

「この度は誠にありがとうございました。優香も無事合格できたのは先生のおかげです。」

「いえいえ。...それより、俺はもう先生じゃないから昔みたいに名前で呼んでよ。」

そう言って少し表情を和らげたように見えた。

「藤崎くん...。」

塾の先生でもある彼は、私の高校時代の同級生。
頭も良くて運動も出来る、クラスでも人気のある男の子だった。

「うん、ありがとう。今日はどこか行くの?」

「うん...まあ。」

上手い返事ができなかった。
なんとなく、照れてしまった。

「...綺麗だよ。あの頃から変わらずずっと。」

「ありがとう。...じゃあまた」

いつもニコニコしている藤崎の表情がどことなく笑顔が消えた気がした。

なんとなく気まづくなり、少し頭を下げ通り過ぎようとした。

「ちょっと待って!」

不意に手を掴まれた。

「ねえ、もう上手くいってないんでしょ?」

「...なんの話...?」

彼の手の力が少し強くなる。

握られている所が熱い。

「...俺、見たんだよ。君の旦那が他の女とジュエリー店に入っていくの。」

「...え?」

「接客した店員に後で聞いたらさ、結婚指輪探してたって。」

振り向いて彼の顔をみた。

何度も嘘だと思っておかしい所を探した。

探しても探しても

嘘をついてるようには見えない。

「ねえ、そんな男のどこが良いの?」

そう言って優しく抱きしめられた。

「俺、ずっと好きだったんだよ?今でもずっと。」

耳元で切なげな声が聞こえる。

私は少し力を入れ離れた。

「ありがとう...藤崎くん」

そう言うと彼の顔は少し緩んだ。

「けどね、もし私が今綺麗だと言うなら主人のお陰なの。」

本当はなんとなくそうなんじゃないかと思ってた。

今日のディナーだってきっと最後なんだって。

でも、それでも私は主人が好きで

せめて少しでも可能性があるのなら

少しだけ振り向いて欲しい。

振り向いて欲しくて頑張ったの。

「それにね...娘達の父親をそんな男なんて言う人なんて好きにはなれないわ。」

「あっ!そ、それは...」

「でもありがとう...もう少しだけ頑張るね」

そう言って私は彼に手を振って別れた。

まだ泣くのは早い。