輝空が廊下を曲がって見えなくなるまで、その姿を見送った。


『もう高校に思い残すこともありません。今までありがとうございました』

今日、教壇で自分が言った一言が頭をよぎる。

別れてからも友達でいよう、とたくさんの約束をして。結局、守れないまま溝が出来てしまったわたしたちもやっと、友達に戻れた。

もう、思い残すことはない。


『もう高校に思い残すこともありません』

それなのに……なぜ、わたしはそわそわとしているのだろう?


ゲタ箱からローファーを取り出して地面に置いた。黒光りした靴の甲に自分が映る。
中学三年の時、自分のお年玉で買ったローファーに左足を入れる。三年間、履き続ける‼と小さな決意をして、高校生になる日まで大事にしまっていたことを思い出す。

こいつとも今日で最後か……。心の中で独り言を呟いた。


「あ……」

右の靴を履こうとした時、いつものクセでゲタ箱に入れたままにしてしまった上履きの存在を思い出して左足のローファーを脱いだ。

『思い残すこともありません』

──ドクン……

上履きの他にも…‥残したものはありませんか?

──ドクン……

心の声が自分に尋ねるような錯覚。

──ドクン……

久しぶりに歩いた輝空の左側。
わたしに左側を歩くクセが付いてしまったのは、人の右側にいるのが好きだと言った輝空のせいだよ。