「あら、実華。今日は何を作るの?」

夕方にキッチンでエプロンをしている私を、不思議そうにお母さんは眺めていた。

「チョコだよ。バレンタインデーのね」
「えっ……ま、まさか」
「違うってば!」

もう、なんでみんなそうなるかな……

お母さんは苦笑いしていたけど、きっとまだ疑っているに違いない。

私に好きな人できたら、チョコなんて渡せないから。

私が作ろうとしているのは、今流行りのチョコブラウニー。

チョコを作るのは久しぶりで、上手く作れるかはわからないけど、一応流行りに乗ってみる。

「チョコ?私も作っていい?」

望がひょこっと顔を出して、材料を覗いていた。

「うん、むしろ助かる!」

やったーと喜びながらエプロンを着けて、キッチンに回った。

まずは薄力粉とココアパウダーを混ぜて振る。

「昔、一緒にクッキー作ったの覚えてる?」

今日は珍しく、望の方から思い出話が始まった。

とても懐かしそうに優しく微笑んでいた。

「うん、もちろん。あれはクリスマスパーティーの時だっけ」

私がまだ小学生の頃。

二人で初めてクッキーを作った日。

パーティーと言っても、家族だけで行った小さなパーティーだけど。

まだ慣れないクッキングに、ドキドキしたのを覚えている。

キッチンは粉だらけに、エプロンもベトベトになったのもちゃんと覚えてる。

仕上げには、チョコペンでかわいらしい顔を描いたり、クッキーの裏にサンタさんへのメッセージを描いたりもした。

完成したクッキーは、大きなツリーに吊り下げた。

だけど、我慢できなかった私達はそれを食べてしまって、結局ツリーからクッキーは無くなってしまった。

あの日にみんなで笑い合ったこと、絶対に忘れたくはなかったんだ。

「楽しかったね。またいつかできるといいね」

そう言ってボウルの中に、卵黄と牛乳と上白糖を入れてかき混ぜた。

「チョコって、糖が多いから集中力が上がって、勉強にいいらしいよ」
「そうなの!?」

望が何気なく言った言葉に、かなり衝撃を受けた。

受験前にチョコ食べたら、合格しやすいかも!

「私はやったことないから、わからないけど」

そうだね。物理的に考えるとそうだけど、必ずしもそうなるというわけではないよね。

ボウルの中に、さっき振った粉も混ぜる。

かき混ぜていくと、だんだん色づいてきてチョコらしくなってきた。

「誰にあげるの?」

誰って……

なんて言えばいいのかわからないよ。

「んー、友達?」
「まさか、彼氏とか?」
「なんで、そうなるわけ!?」

ニヤニヤ笑う望の隣で、お母さんの顔色がまた変わってしまった。

だから違うんだって!

はぁーとため息をつきながら、ボウルの中にくるみと溶かしたバターを入れた。

「別にいいと思うよ、そういうの。私だっているから」
「はぁ!?」

望から出たまさかの衝撃発言に、お母さんと声が重なった。

そんなの全く知らなかったし、特に様子変わってなかったし、なんで言ってくれなかったの!?

「え?ヴァイオリンのことだけど」
「なぁにそれぇー」

お母さんはホッとしたように、肩を下ろした。

焦って損したわ。

「そろそろいいかな」

いい具合に混ざってきたところで、パウンド型に生地を流し込んだ。

もうチョコの匂いがしてきて、お腹がグーッと鳴る。

あとは焼くだけ。

「もし大学で彼氏ができたら、報告してね」

望は意地悪な笑みを浮かべてそう言った。

この笑顔……翔くんに似てる。

望も変わったよね。今の望の方が絶対いい。

望も翔くんも、きっとたくさん悩んだんだよね。私も負けてられないね。

オーブンからは、香ばしい匂いが漂ってくる。

早くあげたいな。喜んでくれるかな。

いつの間にか、バレンタインデーは待ちきれないものとなっていた。