【赤坂優馬】
「これがゴッホの絵?」

桜井が指さしたのは、あの有名な『ひまわり』だった。

「うん、有名だよ。俺はこれが好きなんだ」

俺が好きな絵は、糸杉と村の『星月夜』だった。

一見綺麗に見えるけど、実は強い気持ちが隠されているこの絵は、なぜか心に響いたんだ。

「やっぱり私は『ひまわり』かな。かわいいし、綺麗だもん」

そう言って、『ひまわり』をじっと眺めていた。

「翔くんはどれが好きなの?」

桜井はウキウキした笑顔で聞いてきた。

どれが好きって、アイツは言ってたかな。

「アイツは、全部好きだって言ってたよ。この力強い絵が大好きだって言ってた。それが翔に影響したのかな」

『元から根が丈夫だと、美しい花を実らせることが簡単にできるけど、何かが足りない根が美しい花を実らせるには、普通の倍努力をしなきゃならない。ただし、丈夫な根でも努力をしなければ、美しい花は実らせられない』

前に谷口が言っていた言葉が、頭の中を駆け巡る。

昔は泣き虫で弱虫だった翔が、正反対に強くなり、今では一人で頼もしく生きている。

あの強さは、ゴッホによるものだったのかもしれない。

「桜井はどこか変わった?」

『ひまわり』を見つめていた彼女は、こてんと首を傾げていたが、すぐに真っ直ぐに直った。

「うん、私は変わったよ。どこが変わったのかはよくわからないけど、自分では変わったなって思ってる」

ふにゃっと笑った顔が、俺の心を突き刺した。

よくわからないものが、胸の奥でグルグルとしている。

どこが変わったのかなんて、わからないものなのかな。

「赤坂も変わったよ。でもどこが変わったのかわからない。きっとこういうものなんだよ」
「そうなのかな」

変わったところがわからないって、よくわからない。

だけど、そこはあまり深く考えないことにした。

考え出したらキリがない気がしたから。

「もう時間だし、帰ろうか」

そう声をかけると、桜井はまたふにゃっと笑った。

「うん、受験頑張ろうね」

また胸が熱くなる。これがどういうことなのかは、まだ理解できなかった。