【赤坂優馬】
翔はこれからしばらく入院生活が続くとのこと。

生まれた時からか弱かった体に、急に異変が起きたみたい。それは心臓の病気らしくて、かなり大変な病気らしい。もちろん命にかかわる程度の。

翔の受験は今月中旬で、合格発表はその三日後らしい。

俺達の受験は、一次試験と二次試験がある。

一次試験は、もう一週間後に迫ってきていたのだ。


気が付けばもう夕方だった。

もう霰は降っていなくて、あまり綺麗じゃない夕日が顔を覗かしていた。

まだ何も食べていない俺達のお腹は、ずっと音を立てっぱなしだった。


「はい、これ」

桜井が差し出してきたのは、いつもの青い風呂敷に包まれた弁当。今日学校に行くつもりだったから作ってくれていたみたいで。

「ありがとう」

快くそれを受け取った。

「あ、え、」

隣にいた谷口が変な声を出し始まる。そういやさっきもあったよな。

「あ、愛佳そういうのじゃないんだよ」
「は、はぁ」

桜井の苦笑いでなんとなくわかった。

俺に弁当を作って来ていたことに驚きを隠せなかったのだろう。やっぱり普通はそうなのかな。

箱を開けると、今日も美味しそうなオカズが並んでいた。

「今日学校サボっちゃったね」

桜井は遠く夕日を見て言った。

「うん。しょうがないだろ。弟が急病でって言えばなんとかなるって」

箸でトマトを掴むのが難しかった。けど、やっと掴めて、口の中に運んだ。

シャリシャリと音を立てて口内に広がる。とても新鮮で美味しい。

「明日からはちゃんと行かないと、さすがに危ない気がする」
「そうだな。そろそろ気持ちを切り替えないと」

谷口も隣で弁当を食べ始めた。

中身は色とりどりで、栄養バランスが考えられていた。

「桜井先輩?まさかの?」

その声の持ち主は翔だった。

桜井はビクッと驚いて翔から目線を外した。

「違うの!そういうことじゃないの……」
「ふーん、そうか。やっぱりそうなのかー」
「だから違うって!」

翔がなぜかニヤッと笑って、こっちを見てきた。よくわからず首を傾げる。

「優馬、桜井先輩彼女でしょ?」
「はぁ!?」

全く親子揃ってなんだ!?

俺が桜井と……あるわけない!

「変な勘違いはやめてくれよ。そういうのいらないから」

翔の嫌な笑顔は戻らなくて、ずっとニヤニヤしていた。

呆れた桜井は俺の顔を見て優しく笑った。俺もそれに笑い返す。上手に笑えてたのかわからないけど。

「でも、お二人お似合いですよ」

谷口は口をもごもごしながら言った。しかもなぜか泣きそうな目で。

「愛佳!泣いちゃ嫌だよ!?違うっていうのは本当だから!」
「実華先輩……」

桜井は泣きそうになっている谷口の背中をさすっていた。どこに泣く要素があるのかはわからない。

何かないかなと思ってバッグの中を探ると、あの時桜井に貰った美術館のチラシが出てきた。

「なぁ、翔。これ受験終わったら行かないか?」

翔は目を丸くしてそれを受け取った。

そしてまじまじと見回して、嬉しそうに笑った。

「行きたい!俺の大好きなゴッホの絵もあるみたいだし」

翔は力強い印象派のゴッホの絵が大好きらしい。そういうの全くわからないから、俺には全部一緒に見えるけど。

「ゴッホ素敵だよね。私も好き」

そう言ったのは谷口だった。意外だったけど、ニコッと笑う笑顔から本当なんだなと思った。

「私それで美術部入ったんだ。美術部って自由に絵が描けて、すごく楽しいの」

熱く語る谷口は、どこか楽しそうだった。

「優馬、約束」
「え」

とても不思議だ。だって翔が小指を突き出して『優馬、約束』とか言い出すんだもん。
きっといつもなら「は?行くわけねえよ」とか言うに決まってるのに。

「うん、約束」

俺はその小指に小指を絡めた。

この前桜井とやった時と同じように、なんだか少しドキドキする。

今まで俺と関わりがなかった翔と、こんなことするのは何年ぶりだろうか。変に緊張してしまう。

「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます指切った!」