【谷口愛佳】
確かに赤坂先輩のことは好きだけど、もう緊張しすぎて今すぐここから抜け出したくなっていた。

ずっとバクバクと心臓がうるさいし、体中が熱くなって沸騰しそうだった。

きっと赤坂先輩は私のことなんてただの後輩としか思ってないんだよね。それでもそばにいれるだけで嬉しくて、勝手に一人で満足してしまっている。

病院をすぐ出たところで、さっきまで止んでいた霰がまた降り出していたことに気がついた。

どうしよう……傘ないよ……

出口で下を向いて突っ立っていると、頭に少し痛いくらいの霰が落ちてくる。ひんやりと冷たくて、かき氷になったみたい。でも急にそれがなくなった。もしかしてもう止んでしまったのかなと思い、上を見上げた。

「せ、先輩!?」

急に霰が消えたのは、傘のおかげだった。その傘は赤坂先輩ので……

大変!危険!死にそう!!

今、私は赤坂先輩の傘の中に入っているみたい。心臓が破裂しそうな勢いで叫び声をあげる。

私の中でサイレンが鳴り渡る。

「あ、う、え、お、い、あ」

本当にパニック状態になってしまい、完全に頭が壊れてしまった。

ただその場で突っ立って変な声を出している私を、赤坂先輩は不思議そうに見ている。

「行くよ」

そう言われてからやっと我に返る。

あー、初恋って難しいなぁ。変にドキドキしてしまっておかしくなっちゃうよ。

霰がポツポツと傘に当たって破れるんじゃないかって思ってしまう。

霧が遠くの景色を濁らせていて、視界が悪い。

歩いているうちに二人の空間にだんだん慣れてきて、さっきよりは心臓の動きが静かになってきた。まだ少しは残ってるけど。

「霰、当たってるだろ?」

私の肩を引き寄せて傘の中に入れてくれた。

待って!!今度こそ死にます!!

今のってよくカップルがやってるやつだよね!?私そんな経験一度もないのに!

さすがに警報サイレンが鳴り止みません!

リンゴを通り越してトマトみたいな顔をしている私とは逆に、赤坂先輩はなんともない顔をしている。どうしてこんなことサラッとできちゃうの!?

静かになっていた心臓がまた叫び始める。体温が一気に上がってインフルエンザになりそうだ。

「さっき翔と話したの?」

いきなり話しかけられてまたドキッとしてしまう。

「は、はい。家にいる時に少しだけ」

そう言うとふーん、と少し何かを考えるように歩いていた。

「どうかしたんですか?」
「うーん、アイツも実はちゃんとしてんだなって思って」

それがどういうことなのかはよくわからなかった。

けど、微笑む先輩に微笑み返してみた。

「それか、翔自身が変わったのかもな」

その瞳は真っ直ぐ遠くを見つめていた。

「昔、おばあちゃんが言っていました。『元から根が丈夫だと、美しい花を実らせることが簡単にできるけど、何かが足りない根が美しい花を実らせるには、普通の倍努力をしなきゃならない。ただし、丈夫な根でも努力をしなければ、美しい花は実らせられない』と」

この言葉は、私の胸の奥にハッキリと残されている。

「だからきっと、翔くんも努力したんだと思います」
「そうだな」

遠くに向けられた瞳が、私の方に向くことはなかったけど、先輩の気持ちは伝わってきた。


色んなことを考えているうちに、先輩の家に着いてしまった。

この家の中にお父さんが一人でいるのか。

なんとかドキドキを抑えて真剣な表情に切り替えた。