校門には大きな桜の木が生えていて、たくさんの桜の花が、美しく咲いていた。

桜の花びらが地面いっぱいに広がり、桃色に染まったカーペットを作っていた。


二人が出会ったのは入学式でのこと。

この学校、『虎の丘高等学校』では、入試で一番の成績を取った男女が壇上で表彰される。

当年の一番の二人は、『赤坂優馬』と『桜井実華』だった。

お互い初対面で名も知らないというのに、既にライバル意識をしていたのだ。

「表彰します。一年A組 赤坂優馬。一年C組 桜井実華」

校長先生の声に続いて二人とも大きな声で「はい!」と返事をする。

その声は、まるで何かを競っているようだった。

壇上に上がった二人は、順に賞状を受け取っていく。

二人が礼をすれば大きな拍手が起きた。

ゆっくりと体を起こしてから壇上を降りる二人は、自信に満ち溢れているようにも見えた。

そしてお互いに顔を見合わせ



『絶対負けないから』


【赤坂優馬】

「あれが女王様!?」
「確かに美人だ……」

桜井がいつも廊下を通るだけでこの騒ぎ。

桜井は世間から美人と評判で、勉強もできて完璧だと言われてきた。

それで周りからは『女王様』と言われているらしい。

「あれは?」
「元王様。今は二位で負けちゃってるみたい」

俺はその呼び名が嫌いだった。

最初の頃は順調に成績上位だったはずが、今では桜井に負けてしまっている。

それからついた名前が『元王様』だ。

俺には特にいいところもなく、よくバカにされたりもしてきた。

そんな俺には誰も近寄るわけもなく、友達なんてできたことがなかった。


教室ではもうほとんどの生徒が席に着いて勉強を始めている。

みんな黙々と教科書とノートに向き合っていた。

とてもつまらないけど、勉強が大きく関わる時期。つまり受験が近づいているのだ。


ゆっくり入ってきた先生と同時に生徒達は立ち上がる。

すぐに号令がかかり、礼をする。

それから授業は始まる。

「わかったか?」
「はい」

この先生は生徒にいつも「わかったか?」と聞く。そんなの誰が「わかりません」なんて言うんだ。

この先生は教え方が悪いという評判で、授業を受けていても、全く理解ができないのだ。

だからみんな塾に通ったり、家庭教師に教えてもらったりしている。

そうでもしなければ、受験に落ちてしまう。一か八かの選択だ。

最近では、この先生に悩む生徒が多いため、成績上位者が勉強会を開くことが増えていた。

その中に俺も含まれていて、たまに教えに行ったり、質問を受け付けたりしていた。

「私がやるから、みんな今日は帰って大丈夫だよ」

この会でいつも熱心に授業をしていたのは、女王様こと桜井だった。

周りよりも勉強ができる桜井は、全ての人に信頼されていた。そのため、桜井に教えてもらいたい人が殺到して、いつも大変なことになっていたのだ。

俺はクラスの中で一番だったから、まぁまぁ教えることはできた。だけど俺の説明になんて、誰も耳を傾けてくれない……

「分かりにくい」
「ちゃんと説明して」

いつも文句ばかり突きつけられるんだ。だから俺もやる気を失うし、自分が嫌いになっていく。


授業が終わって、昼食の時間になった。

俺は弁当を持って教室を出ていった。

この時間になったらいつも屋上に行くんだ。

少し重たい扉を開ければ、雲一つない空が広がっていた。

俺はこの空気が大好きだ。街並みだって見下ろせるし、誰もいないし……

いや、たった一人だけいる。

桜井だ。

「さーくーらーい。何読んでんの?」

桜井はいつも屋上で本を読んでいる。

噂では自主勉の時間も屋上で読書をしてるとか。

「えー?『少年のアリカ』。先が読めなくて面白いんだよー」
「ふーん。俺は小説なんて興味ねぇや」

桜井の隣に座ってちょっと覗いてみれば字だらけ。

「この作者の赤坂香さんの作品、全部面白いんだよ」
「は!?」
「え?」
「いや、なんでもない……」

事情なんて説明するのがめんどくさい。

知らなくてもいいことだってあるだろ。

「今日も弁当か」
「今日もパンか」


お互いの昼食をチェックして自分のを口にした。俺のは、弁当という名のパン。

学校内に設置されている自動販売機で買うんだ。

今日はクリームパンとカレーパンにしてみた。

「なんでいつもパンなの?」

桜井は美味しそうにおにぎりを頬張りながら聞いてきた。

確かに弁当って手作りだから、美味しいかもしれないよな。

でもうちの母親はそこまでしてくれるような人じゃない。

「お前ん家の母さん、優しいんだな」

口の中でカレーの丁度いい辛さが広がる。

俺はこのパンで充分なんだ。

「じゃ、私が作ろうか?」
「え!?マジで!?」

弁当作ってもらうなんて夢みたいな話だ。

コイツは、小学校低学年までしか作ってくれなかったあの母親とは大違いだ。

「うんマジ。明日から頑張ってみるね!」

ニコッと微笑む桜井が天使に見えた。

俺は思いっきりガッツポーズをして、飛び跳ねた。

「でも誤解はされたくないな」
「誤解?」

桜井は涼し気な顔をして遠くを眺めていた。

俺もその視線に合わせて遠くを見た。

「なんか付き合ってるとか思われないかなって」

は!?付き合ってるだなんて!そんなの一度思われたら取り返しがつかない!でも弁当作ってほしい!

「べ、別にいいんじゃない?付き合ってると思われても。一層の事付き合う?」
「は?ちょっと黙ってようか」

バシッと肩を叩かれた。ちょっと痛かったけど、やり返しはしなかった。

こんな桜井だけど、一緒にいると安心できるんだ。


放課後になれば、家に帰るか、塾に行くか、学校に残るか。どれにしろみんな勉強をするんだ。

だけど桜井だけは違った。

放課後はいつもお気に入りのカフェで読書をしている。

以前聞いてみたところ、「雑音があるところでは勉強、静かなところでは読書。」と言われた。普通に考えて誰も真似したがらない思考だ。

なのに、簡単にトップになってしまうんだ。そこが女王らしい。

ちなみに俺は直行家に帰る人。本当は帰りたくない気持ちでいっぱいなんだが。


学校の近くにある家にはすぐに着いてしまう。

はぁーとため息をつきながらインターホンを押すが、返事はない。

仕方なくバッグから鍵を取り出して自分でドアを開ける。

「ただいま……」
「あぁ、優馬ね」

2階からちょこっと顔を覗かせたのは母さんだった。

俺は父、母、弟の四人家族だ。

母さんは小説家で、弟は小学六年生で、受験を控えている。

実は最近父さんが、かなり大変な病気にかかってしまった。

今まで赤坂家を支えてきた父さんが病気になってしまい、焦って母さんが仕事を始めたという状況。つまり現在お金がない。

父さんは寝たっきりで、ずっと部屋から出ることができない。

風呂は、無理矢理服を脱がして洗ってあげ、トイレは誰かが連れて行ってあげなきゃならない。

そこで俺は家族を支えるために、医者になれと言われているんだ。

絶対にいや。俺はそんなの望んでいない。

俺、赤坂優馬は家族の檻に閉じ込められているんだ。