【桜井実華】
今日はお正月。そして初めて雪が降った日。つまり初雪。

窓から身を乗り出して外を見回すと、真っ白な雪がいっぱいに広がっているのがわかった。
まるで真っ白なカーペットみたい。

望は先に外で雪だるまを作って遊んでいた。

私はまだ我慢。

幼い頃から、雪が積もれば望と遊んでいた。

雪だるま作ったり、雪合戦したり、家族みんなでかまくらを作ったりもした。

本当に楽しくってその時間はなんだって忘れられる。
嫌なこととか苦しいこととか、そんなものは全て雪が忘れさせてくれる。

ヒューッと冷たい風が吹いてきて、窓を閉めた。

「実華、おちせ食べる?」

珍しくノックなしで入ってきたお母さん。私がびっくりしていたのに気づいたのか、申し訳ないという顔で苦笑いした。

「うん、食べる」

手に持っていたシャーペンを放り投げて、閉じていた窓をもう一度開ける。

「望ー!おせち食べよー!」

なんだかワクワクしてきてしまって、ものすごく大きな声が出た。

少し離れたところで雪だるまを作っていた望は、勢いよくこちらに走ってきた。

「食べるーー!」

私も負けずとリビングまで走っていった。

テーブルの上にはおせち料理が置いてあって、お父さんが椅子に座っていた。

「お、実華。食べようか」

リビングにはテレビがあって、お父さんはリモコンでチャンネルを選んでいた。

椅子に座った時に同時に望が走ってきた。

「セーフ?セーフだよね?」

ハァハァと息を切らして隣の椅子に座り込む。疲れているようでも、とても楽しそうな顔をしていた。

「アウト!私の方が先でしたー」
「んもぅ!悔しいー!」

ぷくっと頬を膨らませて怒っている顔は、昔と変わらない。なんだか日常っていいなって思った。

『皆さんは名前に込められた意味知ってますか?』

テレビからそんな声が聞こえてきた。

お正月の特番らしいく、内容は"名前"について。見慣れないセッティングをされたスタジオで、5人の芸能人が話していた。

私の名前の意味ってなんなんだろう……
そういえば一度も聞いたことなかった。

「はーい、お雑煮」

キッチンから現れたお母さんは、お雑煮をテーブルに置いた。

お母さんの作るお雑煮は本当に美味しい。何度もおかわりをして、おせちを食べずに終わるということがよくあるのだ。

「ちょっとレシピ改善したの。食べてみて!」

お母さんは自慢げに笑うと椅子に座った。

まだ少し熱いお茶碗に手を添えて食べてみる。

「美味しい!いつもに増して!」

本当に美味しかった。とても温かくて、お餅もすごく美味しかった。

「よかった」と笑ってテレビに視線を向けた。

「あ、そういや私の名前の意味って何?」
「私のも教えて!」
「ほう」

お母さんは少し困ったような顔をしてからお父さんと顔を見合わせた。

お父さんは少し悩んでから首を縦に振った。

「私がなんでフラワーアレンジメントしてるのか知ってる?」

理由は知らなかった。突然始めたけど、特に何も思わなかった。

「知らない」

望が答えた。私も頷く。

「急に花が恋しくなってきたの」

お母さんは少し笑って話し始めた。

「実華が産まれる少し前にここに引っ越してきたの。前はマンションに住んでたの。ちょうど隣に住んでた人が赤ちゃん嫌いで、引っ越さなきゃって思って。」

お母さんは立ち上がって、そばにあった本棚から一つのアルバムを手に取った。

そのアルバムは私が開けたことのないアルバム。

「これ見て。綺麗でしょ」
「うわぁ……綺麗」

お母さんが指さした写真は少し色あせていたけど、きちんとその姿が映されていた。

何にもない野原にたくさんの花が咲いていた。そこにお母さんが立っている。
お母さんのお腹は大きく膨らんでいた。その中に私が入っていたみたい。

「この家が建つ前はここ、こんなのだったのよ」
「えー!すごい!」

望が驚いて声をあげた。

「この野原を残しておきたくて、家を隣に建てたの」
「私覚えてる!」

私が幼い頃、確かに色とりどりの花が、隣の野原にたくさん咲いていた。

その野原で走り回ったし、水やりも熱心にやっていた。それから町でお花を見かけると、可愛いなと思うようになった。

お花が枯れたらまた育て直して、一つ一つの花を大切にしていた。

「お花に夢中だった私は、この子にも華が実りますようにって"実華"っていう名前にしたの」

私はお花なんだ。あの野原の中に私は咲いていたのかな。

「でもどうして今は咲いてないの?」

望が不思議そうに質問した。

あんなにたくさん咲いていた花。消えてしまうなんてひとつも思ってなかった。
しかし、ある日突然全ての花が消えてしまった。

あれは私が五歳の時。幼稚園に行く前に、お母さんと庭を確認する、というのが日課だった。
いつものように庭を確認してみる。

花が一つもない……

目の前で唖然とするお母さん。私は悲しくて泣いてしまった。だって花は一つ残らず綺麗に無くなっていたから。

よく見ると、誰かに引っこ抜かれたような跡があった。いったい何がおきたのか全く理解できなかった。

もう一度やり直そうと球根を買い直したけど、一から育てるのはとても困難だった。それに、お母さんが第二の子を妊娠していることがわかり、花どころじゃなくなってしまったんだ。

「お花が全て綺麗になくなって……悲しかった私は"ノゾミ"を求めていたの。そこで産まれた子に"望"ってつけたの」

望は少し悲しそうな顔をして俯いてしまった。自分の名前の意味を知って複雑な気持ちになっているのかな。

「誰が犯人なの?」

望の口から意外な言葉が出てきた。

誰が犯人って……そんなの証拠もないからわからないよ。

「犯人捕まえようよ!」
「そんなの無理よ。証拠もないのに」

そんなの無理。だって人間がやったのかもわからないのに。

「実は……少し見たんだよ」

さっきまで静かに話を聞いていたお父さんが口を開けた。

「見たって……」

お母さんが小さな声で呟いた。

お父さんはため息をつきながら話し始めた。

「あの日は確か朝早かったんだ。五時くらいかな。まだ太陽も昇りかけで。家を出る時はまだ寝ぼけてて、でもなんとなく庭を見たんだ。そしたらそこに小さな女の子が座ってたんだよ。確か白いワンピースを着た。」

驚いた。だって朝五時に女の子がいるなんて……

「でも寝ぼけててそれが誰かとか全く思わなくて、そのまま行ってしまって……」

誰もお父さんを責めたりなんかしなかった。ただ静かに聞いていた。

だけど今の話で少しわかってきたことがある。

一つは人間の仕業ってこと。

もう一つは白いワンピースを着た女の子がしたってこと。

でも、これだけで犯人を探すなんて不可能に近い。いや、不可能だ。

「行くよ」
「は!?」
「行くよ!」

ちょっと待って、なんて言わせてくれなかった。すぐに腕を掴まれて、走ってリビングを出た。