【赤坂優馬】
窓を開けて外を覗くと、雪が降っていた。

初雪だ。

だけどそんなの俺には関係ない。今は勉強だけ。

窓を閉めてから部屋を出た。

最近はまともに睡眠をとってなくて、徹夜ばっかりしていた。だから朝食はきちんと食べないと健康に悪い気がする。

階段を降りていたら、母さんと翔の話し声が聞こえる。ああ、リビング行きにくい。

ずっと勉強ばかりしているといつの間にか時は過ぎる。

クリスマスもとっくに過ぎて、何事もなく終了した。
翔はプレゼントに合格消しゴム貰ってたような気がする。まあ別にプレゼントはいらないけどね。

そして今日は正月。新しい年を迎えたのだ。

そんなこともさっき知った。

「おはよう」

おはようと言っても誰かが返してくれるわけでもない。ただ一人で呟く独り言みたいなもの。

「おせち……いる?」

目の前に美味しそうにおせち料理を食べている翔がいた。こいつだけ先に食べやがって。

「他に食べるのないなら食べるけど」

そう言うと、母さんがなぜかため息をつく。本当に酷い親だよな。

「じゃあお皿取ってきなさい」

そんなこと言われなくたってわかってる。お皿だってお箸だってコップだって、全部自分で取るさ。俺は翔じゃないんだぞ?

二人はいつも、俺をバカにしている言い方をする。

お皿とお箸とコップをテーブルに置いて、椅子に腰掛ける。

すると長らく沈黙が続いた。

あー、本当に抜け出したい。こんな空間嫌だ。

「食べないの?」

翔の顔が覗いてきた。顔は心配しているけど、きっと心は笑っているんだ。そんなのすぐにわかってしまう。

「食べるよ」

そう言ってえびを取った。

すぐに口の中に入れて噛み締めた。今吐き出したい全てをそのえびに染み込ませて、お腹の中へと保管した。

「翔、これ食べなさい」

母さんが差し出したのは、栗きんとん、昆布巻、小肌栗漬、ごぼうだった。

全て縁起のいいもの。

栗きんとんは、豊かさと勝負を願って。

昆布巻は、健康長寿を願う。

小肌栗漬は、将来の出世を願って。

ごぼうは、細く長く幸せに。

全て翔のためになるものばかり。

「食べなよ」

出されたのは数の子。ありえない。

俺今年受験だぞ?それで子孫繁栄を願う数の子?

翔はニヤリと笑って目の前のごぼうを口に入れた。

「ごちそうさま」

ろくに朝食をとらずに、そのまま部屋に戻ろうとした。

もうこんなとこにいたって意味がない。家族にいじめられるなら勉強する方がまし。

すると母さんが口に何かを入れたままこっちに向かってきた。
しばらくモゴモゴしてから話し始めた。

「これ、お父さんに」

渡されたのはおせち料理の箱だった。自分で行けばいいのに。

「はい」

はぁーとため息をつきながら階段を上った。

遠くから二人にいやらしい笑い声が聞こえてくる。本当にいやらしい。


イライラしながら父さんの部屋まで辿り着いた。

コンコンと軽く二回ノックをしてからドアを開けた。

父さんはソファに深く座って何か考えごとをしているようだった。

いつもなら俺が入った瞬間「おう」とかなんとか言うけど、今日は全く何も言わない。そんなに悩むことがあるのか。

「おせちいる?」

俺が声をかけるとやっと気づいてニコッと笑った。

「ありがとな」

ソファに歩み寄り、箱を手渡した。一瞬触れた父さんの手はとても冷たかった。謎の病気のせいで体温が下がっているのかもしれない。

「優馬も食べるか?」
「いいよ、俺食べたから」

とにかくさっさとこの部屋から出たかった。父さんと二人きりだなんてとても気まずくて耐えられない。

ドアノブに手をかけたところで「あ」と何か思い出したように俺を引き止めた。

「お前、彼女できたのか?」
「はぁ!?いるわけねーよ!」

これは即答できるだろ。

なんでいきなりそんなことを言われなきゃいけないんだよ!

父さんは疑うように俺の顔を見つめた。
ここで目を逸らしたら嘘だと思われてしまう。

「じゃあ……好きな女か?」
「だから違うって!」

本気で誤解を解こうとする俺とは反対に、ニヤニヤと笑っている父さん。ものすごく腹が立つ。

まずなんでそう思うのかな……

「なんかなぁ……前とは変わった気がするんだよな……なんかね、なんだろね」

それについてさっき悩んでいたのか、とやっとわかった。

それにしても変な想像をするもんだな。もし変わったとしていても、必ずしも恋の影響とは限らないのに。

「でも、自分を変えてくれるような素敵な人に出逢えたのかもな」

父さんはニカッと歯を見せて笑った。

自分を変えてくれた素敵な人……

「そ、そんなやついたかなー?」

なぜか頭の中で桜井の顔が浮かびあがる。

桜井は俺のことを変えてくれたけど、好きとかじゃないよな!?そんな感情抱いてないよな!?

なんだか混乱してしまって顔が真っ赤になってしまった。

父さんがニヤリと笑ってこちらを見つめていた。

あー、最悪!また変な勘違いを!

「あと、背伸びたな」

一度深呼吸をする。

落ち着け……落ち着け

背?伸びたのか?

よくわからないが「うん」とだけ返事して、部屋を飛び出した。