屋上のあいつ

 担任の圧力に、さすがの孝樹もしおらしくプリントを受け取った。とたん、クラス中に爆笑の渦が巻き起こる。本当、間の悪い奴……いや、最高に間の良い奴か。担任も、あいつの成績が良いから、こうやってちょっとからかうことが出来るのだろうな。
「えー、じゃあみんな、それぞれ結果は堪能したようですが……高野君?」
 クラス全員の結果を配り終えてしばらくし、担任が静かに語り始めた。先ほど、教室に入ってきた時より彼女のまとう空気がやわらいでいる。
「はいっ! 見ました!」
「自分の結果を堪能しましたか?」
「はぁい、自分の結果を……なめるように……」
 再びクラスに笑いがおこった。きっと、担任はクラス全体をきつく叱ろうと覚悟してきたのだろうが、孝樹に毒気を抜かれてしまったのだろう。自然とこんな雰囲気をつくりだせるのは、あいつのすごい所だと思う。
「さっき高野君が公表してくれたように、今回の一位は片倉君です。国英歴合計で全国偏差値が七十四、順位が千五百四番。ほぼ十万人受けてる中のこれですからね、みなさん自分の結果と見合わせてみてください」
 うえーという声とともに、みなのため息が聞こえる。俺はずっと、自分の結果になんとなしに視線をおとしていた。こうやって、引き合いに出されている時、どういう顔をしていいのかよく分からない。あいつ頭良い奴だって、見られるのは嫌だ。成績が良いってだけで、一歩引いてくる奴だっているし。高一の時は学級通信に載せるだけだったが、二年になると担任はテストごとに優秀者の名前を言うようになった。聞けば、勇のクラスでは名指しで成績を発表することはあまりないらしい。受験を前に、俺たちの尻をたたいているのだろうか。東南から一歩外に出れば、俺より頭の良い奴なんていっぱいいる。模試なんて、それを見る良い機会なのに。内側で争わせるように俺の名前をだすのは、ちょっと間違っている気がしていた。
「まだ二年生だからD判定でも良いけど、もしそのままずっとD判定だったら希望の大学になんて入れませんからね。今回の結果を踏まえて、明日から個人面談をはじめます」
「個人面談!?」
 皆が息をのむ中、升田が目をぱっと見開きひときわ大きな声で叫んだ。
「ええ。何か問題でも?」
 無表情で間髪いれずに返した担任に、升田の息をのむ気配がする。
「いや……ないです」
「升田君は普段から色々と個人面談してるから、慣れてるでしょう」
 ね?と担任が微笑むと、大口を開けて笑うクラスメイトに取り囲まれ、一つだけ升田のひきつった笑いがうかんだ。あいつは色々と、問題を起こしている奴らしい。らしい、というのは俺も深くは関わっていないからで、クラスでは楽しくつるんでいるが、それ以外の所の彼の姿はほとんど知らなかった。この前、「屋上へ行こう」とすんなり立ち入り禁止のところへ誘ってきたのも、あそこが彼にとって行きなれた場所だったからだろう。
そう言えば、貯水タンクを見上げる前、ふと見つけた煙草の吸殻は、あいつのだったかもしれない。彼が制服の右ポケットに手を突っ込みながら、ベランダへ一人消えていく姿も、見たことがあった。まあでも、升田が良かれと思い、自分からやっていることなのだ。俺に、どうこう言えるものじゃない。
 面談の順番は明日の朝はりだします、と担任は言い、そのまま他の連絡事項を伝え始めた。進路の事とか、色々聞かれるんだろうな。まあ、成績のことは特に問題ないだろうから、きつく何か言われることはないだろうけど。
 そのまま担任に「号令かけて」と言われるまでぼんやりと過ごし、いつも通り少し大きめの声をだして、帰りの挨拶をした。ああ、今日もやっと一日が終わった。
 と、その時、どたばたと廊下で足音が響く。おお、これは、と思った瞬間、本当にスパーンと音をたてそうな勢いで、教室の窓があいた。