「いや、今日部活来なかったから、どうしたのかと思って」
そういえば、今までこうやってケーゴの家に電話なんてかけたこと、なかったな。
「すみません、連絡いってなかったっすか? ちょっと熱出しちゃって」
「熱? お前大丈夫か?」
「そんなに高くはないんすけど……なーんか微熱続きで」
そう言われてみれば、どこか鼻声らしくも聞こえる。なんだ、俺の思い違いだったのか。電話の相手に聞こえないよう、ほっとため息をついた。
「まあ、風邪なら良かったよ……大事にしろよ」
「あ、心配かけちゃいました?」
「馬鹿は風邪をひかないってのに、休んだから何事かと思った」
「ひどい先輩!」
こちらが笑うと、受話器の向こうからも笑い声が聞こえてくる。これは、大丈夫だ。安心して、電話を切った。
もうちょっと、余裕持たなきゃな。思わず、受話器を置いた格好のまま、苦笑がもれた。そうだ、俺だって微熱が続けばこれ幸いと学校を長く休む事だってある。大事な時期と言うわけでもないし、さぼりたい一心でだらだらと過ごしているのだろう。
いじめなんて、そうそうおこるわけもない、かな? さあ、大丈夫なら折角早く帰ったのだからやりかけのゲームでもするか、と電話から離れた。
次の一週間は、何も気にせずに過ごした。クラスの奴らの言葉をのらりくらりとかわし、適当に遊びにつきあって、ほどほどに勉強をする。今の中学の奴らがいけないような高校を、こっそりと目指していた。とりあえず、もっとまともな環境が欲しかったのだ。
二週間が過ぎたあたりで、再びケーゴの存在を思い出し、そういえばずいぶんと会っていないな、と気になりだした。けれど、前のように電話をかけることはせず、ただ受身で合える日を待っていたのだ。それが、失敗だった。
雨のザーザーふった日、びしょぬれになりながら登校すると、ばったり廊下で出くわした担任に、職員室まで来るように言われた。何のようだろう、ずいぶんあわただしかったなと教室で体操服に着替えてからのんびりと職員室へ向かうと、部屋へ入るなり担任はぐっと俺の肩をつかみ、
「冷静に聞け、三浦が、亡くなった」
と無表情でそう告げたのだ。
「えっ」
息が、つまった。目を見開いた俺に、担任は無言で封筒を一つ差し出してきた。真白いその表には、見慣れない汚い文字で俺の家の住所と「後藤温先輩」と宛名が書かれている。まさか。担任の手からひったくるようにしてそれをとり、裏返してみた。そこには予想通り「三浦敬吾」という名前。
「事故だったそうだ。自転車でトラックにぶつかって……机の上に、それが」
わざわざ両親が学校に届けてくれたのだろうか。俺は何も言えず、担任を見ると一礼して職員室を出て行った。
何で俺に手紙なんかだしたのだろう。もしかして、遺書? いや、それならば普通両親やもっとお世話になった人に対して書くだろう。もう一度、宛名を確認する……間違いない、俺宛だ。
亡くなった、という意味が分からなかった。探せば、この学校内に彼はまだいるような気がして。
何処で、読もう。手紙なんて書いてよこして、あいつ気持ち悪ぃの、頭の片隅ではまだそんな冗談がうかんでいた。この中には、何かしら重要なメッセージがつまっていると、分かっているのに。
教室を通り過ぎて、階段を下りた。人がいない所、そうだ、図書館へ行こう。雨の滴る渡り廊下をぬけ、別棟に入る。手紙は手の中でじんわりと汗をすいとっていた。こんなに汗をかくなんて、珍しい。立て付けの悪い扉を音を立てないように開け、足早に奥の棚へと移動した。図鑑のおいてあるところならば、めったに人も来ないだろう。
ケーゴ。
心の中でつぶやき、封を切る。びりびりとやぶれた端から、白い便箋がのぞいた。
『温先輩
突然だけど俺、転校します! 友達って友達も、温先輩以外に思い付かなかったんで、先輩だけにはちゃんとした理由、伝えとこうかなって思いまして。
実は俺、ちょっと前からいじめにあってました。よくわかんないけど、温先輩に気に入られてるからとか、そんなくだらない理由で。先輩ちゃんとやってる生徒と見せかけておいて、裏では人一倍悪いことやってるから、どうも変な人気があるみたいでさ。そんな先輩にへいこらしてるから俺、調子乗ってるとか周りから思われてんのかなあ?別に先輩に気に入られたくてへいこらしてるわけじゃなくて、先輩といて楽しいからへいこらしてたのに。あ、へいこらしてる態度がいけなかったんですかね。
そう! そして!
俺、温先輩に言いたいこともあって。
実は俺、先輩方から温先輩のうわさ、聞いてたんです。あいつはなんか途中から、すげえ奴になって変わってしまったって。昔は気に食わない所があって、裏でたたきまくってたけど、あるときを境に非の打ち所がなくなって、とっつきにくくなっちゃったって。嫌味とか、正面切って言ったらすげえキレてたのに、さらっとうけながすようになっちゃって、張り合いが無くなった、とか。どんな人なのかなあと思って近づいてみたら、本当に完璧なんでびっくりしました。でも、見てるうちにこの人、人付き合いが苦手だからこんな壁を自分で作ってるんだって、先輩の周りにある壁がみえちゃって。苦手なこと、頑張ってる、この人は本当に凄い人だなあって思って、それを尊敬して(まだ気持ち悪いって言われそう)くっつきまわってたんです。
先輩見てて、俺もイジメぐらい堪えて見せようかなって、思った。でも俺には少々難しいことだったみたいで、あらためて先輩の凄さに感じ入っています……これ、我ながら名文って思った! 今!
てなわけで転校します。近くはいやだから、ちょっと遠くのほうへ。住所は向こうで落ち着いたら教えます――……って、あ! 俺としたことが! 八十円切手買うの忘れてた! 今から買って、先輩に直接会いに行ってバイバイして、数日後にこの手紙が届くってな計画です。それでは先輩、お元気で! 八十円切手買いにいってきまーす。 三浦敬吾』
読み終わって、ひやりとした。急いで封筒を確認する。予想通り、封筒には八十円切手が貼られていなかった。
最悪だ。
そういえば、今までこうやってケーゴの家に電話なんてかけたこと、なかったな。
「すみません、連絡いってなかったっすか? ちょっと熱出しちゃって」
「熱? お前大丈夫か?」
「そんなに高くはないんすけど……なーんか微熱続きで」
そう言われてみれば、どこか鼻声らしくも聞こえる。なんだ、俺の思い違いだったのか。電話の相手に聞こえないよう、ほっとため息をついた。
「まあ、風邪なら良かったよ……大事にしろよ」
「あ、心配かけちゃいました?」
「馬鹿は風邪をひかないってのに、休んだから何事かと思った」
「ひどい先輩!」
こちらが笑うと、受話器の向こうからも笑い声が聞こえてくる。これは、大丈夫だ。安心して、電話を切った。
もうちょっと、余裕持たなきゃな。思わず、受話器を置いた格好のまま、苦笑がもれた。そうだ、俺だって微熱が続けばこれ幸いと学校を長く休む事だってある。大事な時期と言うわけでもないし、さぼりたい一心でだらだらと過ごしているのだろう。
いじめなんて、そうそうおこるわけもない、かな? さあ、大丈夫なら折角早く帰ったのだからやりかけのゲームでもするか、と電話から離れた。
次の一週間は、何も気にせずに過ごした。クラスの奴らの言葉をのらりくらりとかわし、適当に遊びにつきあって、ほどほどに勉強をする。今の中学の奴らがいけないような高校を、こっそりと目指していた。とりあえず、もっとまともな環境が欲しかったのだ。
二週間が過ぎたあたりで、再びケーゴの存在を思い出し、そういえばずいぶんと会っていないな、と気になりだした。けれど、前のように電話をかけることはせず、ただ受身で合える日を待っていたのだ。それが、失敗だった。
雨のザーザーふった日、びしょぬれになりながら登校すると、ばったり廊下で出くわした担任に、職員室まで来るように言われた。何のようだろう、ずいぶんあわただしかったなと教室で体操服に着替えてからのんびりと職員室へ向かうと、部屋へ入るなり担任はぐっと俺の肩をつかみ、
「冷静に聞け、三浦が、亡くなった」
と無表情でそう告げたのだ。
「えっ」
息が、つまった。目を見開いた俺に、担任は無言で封筒を一つ差し出してきた。真白いその表には、見慣れない汚い文字で俺の家の住所と「後藤温先輩」と宛名が書かれている。まさか。担任の手からひったくるようにしてそれをとり、裏返してみた。そこには予想通り「三浦敬吾」という名前。
「事故だったそうだ。自転車でトラックにぶつかって……机の上に、それが」
わざわざ両親が学校に届けてくれたのだろうか。俺は何も言えず、担任を見ると一礼して職員室を出て行った。
何で俺に手紙なんかだしたのだろう。もしかして、遺書? いや、それならば普通両親やもっとお世話になった人に対して書くだろう。もう一度、宛名を確認する……間違いない、俺宛だ。
亡くなった、という意味が分からなかった。探せば、この学校内に彼はまだいるような気がして。
何処で、読もう。手紙なんて書いてよこして、あいつ気持ち悪ぃの、頭の片隅ではまだそんな冗談がうかんでいた。この中には、何かしら重要なメッセージがつまっていると、分かっているのに。
教室を通り過ぎて、階段を下りた。人がいない所、そうだ、図書館へ行こう。雨の滴る渡り廊下をぬけ、別棟に入る。手紙は手の中でじんわりと汗をすいとっていた。こんなに汗をかくなんて、珍しい。立て付けの悪い扉を音を立てないように開け、足早に奥の棚へと移動した。図鑑のおいてあるところならば、めったに人も来ないだろう。
ケーゴ。
心の中でつぶやき、封を切る。びりびりとやぶれた端から、白い便箋がのぞいた。
『温先輩
突然だけど俺、転校します! 友達って友達も、温先輩以外に思い付かなかったんで、先輩だけにはちゃんとした理由、伝えとこうかなって思いまして。
実は俺、ちょっと前からいじめにあってました。よくわかんないけど、温先輩に気に入られてるからとか、そんなくだらない理由で。先輩ちゃんとやってる生徒と見せかけておいて、裏では人一倍悪いことやってるから、どうも変な人気があるみたいでさ。そんな先輩にへいこらしてるから俺、調子乗ってるとか周りから思われてんのかなあ?別に先輩に気に入られたくてへいこらしてるわけじゃなくて、先輩といて楽しいからへいこらしてたのに。あ、へいこらしてる態度がいけなかったんですかね。
そう! そして!
俺、温先輩に言いたいこともあって。
実は俺、先輩方から温先輩のうわさ、聞いてたんです。あいつはなんか途中から、すげえ奴になって変わってしまったって。昔は気に食わない所があって、裏でたたきまくってたけど、あるときを境に非の打ち所がなくなって、とっつきにくくなっちゃったって。嫌味とか、正面切って言ったらすげえキレてたのに、さらっとうけながすようになっちゃって、張り合いが無くなった、とか。どんな人なのかなあと思って近づいてみたら、本当に完璧なんでびっくりしました。でも、見てるうちにこの人、人付き合いが苦手だからこんな壁を自分で作ってるんだって、先輩の周りにある壁がみえちゃって。苦手なこと、頑張ってる、この人は本当に凄い人だなあって思って、それを尊敬して(まだ気持ち悪いって言われそう)くっつきまわってたんです。
先輩見てて、俺もイジメぐらい堪えて見せようかなって、思った。でも俺には少々難しいことだったみたいで、あらためて先輩の凄さに感じ入っています……これ、我ながら名文って思った! 今!
てなわけで転校します。近くはいやだから、ちょっと遠くのほうへ。住所は向こうで落ち着いたら教えます――……って、あ! 俺としたことが! 八十円切手買うの忘れてた! 今から買って、先輩に直接会いに行ってバイバイして、数日後にこの手紙が届くってな計画です。それでは先輩、お元気で! 八十円切手買いにいってきまーす。 三浦敬吾』
読み終わって、ひやりとした。急いで封筒を確認する。予想通り、封筒には八十円切手が貼られていなかった。
最悪だ。
