「あ! 温先輩、練習っすか?」
放課後。たいていの奴は歓楽街へと遊びに行ってしまい、ほとんど誰もいない学校のグラウンドで、俺は放置されていたサッカーボールを転がしていた。福岡から東京へと親の都合で引っ越してきて、三年目を迎えようとしている。中学三年生、そろそろどこの高校に進学するのか、はたまたほとんどないような就職先をさがして駆けずり回るのか、考える頃であった。しかし、周囲を見る限り、そんなことを真面目に考えている奴はほとんどいない。さすがこの地区随一の悪がきが集まる中学とでも言おうか……正直、もっと真剣に中学を選んでおけばよかった、と思った。父親の仕事の都合で引っ越してきて、右も左も分からない内に、とりあえず入ってみた中学がこの有様である――……授業なんてものを真面目に受ける奴なんて、ほんの一握りしかいない。休み時間も授業中も、あまり変わりの無い教室の騒々しさ。今までの環境とのあまりの違いに、入学早々唖然としていた田舎者は、当然のごとくのっけからいじめの標的にされる予感がした。
それだけはゴメンだと、入学二日目にしてふっかけられた喧嘩に快勝した。それがなかなか強い奴だったらしく、俺はすぐに仲間に迎えいれられたのだ。首尾よくやったじゃないか自分――……その時は日に日に増えていく仲間に、そんなことさえ思っていたものだ。
やがてだんだんと仲の良い奴が固定していき、親友、とさえよべるような奴までできた。家が近かったせいもある、毎日登下校の道すがらや、もちろん学校内でも二人で騒動をまきおこした。大抵は向こうが企画した悪巧みを、二人で協力して実行するパターンで、いたずらを通して俺たちは深い友情を築いていっているのだと信じていたのだ。しかし。
中学一年生の終わり、すっかり悪がきが板についた俺は聞いてはいけないものを聞いてしまった。いつものように仲間とつるんで帰ろうとしていると、教室から親友のはき捨てるような声が聞こえてきた。どうせ、いつものように気に入らない奴の話をしているのだろうと思い、教室に飛び込もうとした直前、あいつの口から出た名前はなんと俺の名前だったのだ。
あいつ、あんなフリしてっけどこの前俺になんて言ったと思う?
マジでうざい。あいついかれてんぜ。
あーあ、はやくどっかの島に帰ってくんねえかなぁ、まじで。
彼の声色と、聞いている奴らの反応で、冗談でないことがすぐに読み取れた。
あいつ、俺の親友じゃ、なかったんだ。
まして友達ですらなかった、友達だと思っていたのは、一方的に俺だけだった……しばらく呆然とした後、ふいに気付いたのだ。ここに、心から信頼できる奴は、一人もいない、と。
「あほか、お前。これが練習に見えんのかよ」
それからは、もう誰にも自分の弱みを見せまいと、誰から見ても完璧に見えるように、振舞った。それまで悪いことばっかりしていたが、影で教師たちの喜ぶように生徒たちを誘導したり、時に教師の相談にのったりして、まずは教師を味方に付けた。そして、先輩たちに混じって、今までよりももっと危険なことに手を出した。どこでも本心を見せず、うまく立ち回れば、それなりの楽しみは得られるのだ――……エスカレートしてはいるな、と思っても、うまくやれるという根拠の無い自信が俺の行動を危なっかしくも支えていた。
「ここじゃボール蹴ってりゃ立派な練習ですよ」
そんなぎすぎすしていた中二の一学期、やたら俺になついてくる後輩が現れた。三浦敬吾と名乗った彼は、部内(一応サッカー部に入っていた)だけならまだしもそれ以外の時間でさえ、暇さえあればまるで犬のように俺のもとへとしっぽをふってやってくるようになる。
大方すぐ、飽きるだろう。たれてもつってもないさっぱりとした目元と、この学校では珍しい黒髪は、すぐに消えうせるものだと思っていた、が。いくらおざなりにしても、冷たい言葉で追い返しても、彼はいつまでも俺に付きまとってきたのだ。何で俺なんかに付きまとうのか、ある日見かねて聞いてみたら、彼はただ静かに微笑み「先輩、俺の憧れだから」と言った。俺のことも良く知らないくせに、何言ってやがる。変ながきだな、と思いながらもいつのまにか彼がいる毎日が普通になっており。
「そりゃそうだな。ケーゴ、ほれ!」
「わ、わ! ちょっ、待ってくださいよ!」
彼の頭の上すれすれに、わざと強くボールを蹴る。あたっても、あいつなら大丈夫だろ、もともとの馬鹿が更に増すことも無いだろうし、と軽く思えるほどの気の置けない関係になっていた。
「先輩、高校どうするんすか?」
さんざん二人でボール遊び(といっても、俺からボールをうばおうと、ケーゴが四苦八苦していただけだったが)をした後に、腹が減ったから帰ろう、となった道すがら。彼は自販機で買ったパックジュースを吸いながら、首をかしげた。
「高校? 行くよ」
「いや、そんぐらい先輩見てりゃわかりますよ。どこ行くんですかって話しです」
「ああ」
さすがに、ケーゴみたいな馬鹿でも人の行動を少しは予測する力はあるか、と考えなおす。
「いやさ、こっちに残るか、福岡帰るかって話なんだよなー」
「ああ、そういえば先輩、福岡出身でしたっけ」
「そ、中学からこっち」
福岡に叔父さんの家があるから、向こうに帰ろうと思えば帰ることはできた。しかし、わざわざ古巣へ戻っても、特に何かあるというわけでもない。それならば、このまま関東の高校へ進学し、そのまま大学進学なり就職なりしたほうが、いいような気もしていた。
「言われなきゃ全然分かりませんよね、標準語メッチャうまいし」
「そうか? なんなら向こうの言葉でもまだしゃべれっぞ?」
にやり、と笑い小突くと、彼は薄く唇に笑みをのせ、横に首を振る。
「駄目です」
「何で?」
「先輩を、もっと遠くに感じるから、嫌です」
「……お前、気持ち悪いこと言うなあ」
「え! 今の気持ち悪かったっすか? ……じゃあ何て言やあいいのかな……他人に感じる? いや、でも先輩他人だし……」
うんうんうなるケーゴの横で、俺はからからと乾いた笑い声をあげた。こいつやっぱり本当に面白い奴だ。はっきり言って、この中学のカラーに染まっていない、少し浮いた男子。見た目も中身も、ここではちょっと変わった奴だった。だからこそ、目新しくて、一緒にいてもまったく不快ではない。
「知らん人に見えるっち言いたいんやないと?」
わざと出身地の言葉を使い、ケーゴに問いかける。すると、彼はぱっと目を見開き、
「知らない人に……見えた!」
とさけんだ。それを見て、今度は腹をかかえて爆笑した。こいつ、やっぱ面白い。
「先輩天才っすね、やっぱ」
「馬鹿、お前のおつむがからっぽなだけだろ」
「ええ、ひどい! そんなことないですよー。俺だって一応、国語とか得意ですもん!」
「国語は日本語なんだからできて当然」
胸をはるケーゴをざっくりときりすてながらも、彼の成績が存外良いことを、俺は知っていた。前見せてもらった(というか、うばいとった)テストの結果はほぼ八割以上、この学校でそれだけとれれば学年で三本指に入ることができる。ヘラヘラとしていてどこか地に足が着いていない雰囲気の奴でも、やることはやっているのだなと、妙に感心したものだ。
「ふん。そう言ってもちゃんとコソ勉やってるんです!」
「お前、コソ勉なってねえだろ! 最近ほとんど俺と帰ってるじゃん」
コソ勉するって事は、放課後友達と遊びに行き、やってないフリをしながらも帰ってこっそり机に向かうことだ。いくら勉強をしていなくても、仲間の前に姿を見せなければ、意味が無い。
「だって、先輩といたほうが楽しいんですもん」
「……気持ち悪」
再びばっさりときりすてると、ケーゴは先ほどとは違い、少し気弱な笑みをうかべてみせた。
ここで、元気にはしゃぎ返してこなかった、彼の変化に気付いてやれればよかったのだ。俺と一緒にいるのも、ただ俺と帰る時間帯がたまたま一緒になるだけだと思っていた。放課後、同級生とつるんでいないのも、彼が好んで一人でいるのだと勘違いしていて。
彼と帰宅した一週間後、ケーゴは学校に来なくなった。
はじめは何も気にしなかった。もともと学年も違うので、会わないときには全く会わないからだ。しかし彼がかろうじて細々と続けられている週一の部活動に姿を見せなかったので、変だ、と思ったのだ。今まで一回も彼が部活を休んだことはなかった。むしろ、人一倍下手なため、何で入部したんだとブチブチ言いながらも、部活の無いときでも俺と個人練習をやっていたというのに。
馬鹿は風邪引かないって言うけどな。気になって、ケーゴと同じクラスの後輩に、聞いた。彼は何食わぬ顔で「知りません」と答えた。
「知らない? ……そっか、ありがと」
お前ら、一番ケーゴとつるんでただろ。本当に知らないのかよ。そう毒づきたいのを必死に押さえ、礼を言うと俺はすぐに職員室へと向かった。教師なら、さすがに状況を把握しているだろう。病気か、それともそれ以外の理由なのか、知りたかった。まさか、あのケーゴが、とは思った、けれど俺の一番恐れていることは、いつどこで起きるとも限らない。
「三浦かあ、三浦なあ、具合悪いって連絡だがなあ」
ストレスのせいか、見事に白髪交じりの汚い頭をしたケーゴの担任は、なんとも歯切れの悪い回答をした。とたん、嫌な予感が胸中をよぎる。
「具合悪いって、病気ですか?」
つい、きつい口調で問いかけると、彼は手を振り、
「いやいや、気にするほどのもんでもない、ただの風邪だとさ」
とあせって付け足す。眼鏡の奥の一重の目が、はっきりとそれは嘘だと告げていた。俺の思い込みか? 自分が経験しかけた事態なだけに、俺自身が敏感になりすぎているのかもしれない。
いや、でも。
ふと、ケーゴの笑顔が浮かぶ。たぶん最近は、自分自身彼の存在に救われている所も大きいと思う。
とりあえず、連絡してみるか。ケーゴの家の電話番号は、たしか部内の連絡網に載っていたはず。その後俺は珍しく部員の誘いをことわり、さっさと家路についた。つくなり連絡網のプリントをひっぱりだし、電話番号を押す。数回のコールの後に「はい、三浦です」とケーゴの声がした。
「おう、ケーゴ」
「あ、温先輩?」
どうしたんですか?とつなげた彼の声はいつもと変わらないとぼけた声で。とたん、胸をなでおろす。
放課後。たいていの奴は歓楽街へと遊びに行ってしまい、ほとんど誰もいない学校のグラウンドで、俺は放置されていたサッカーボールを転がしていた。福岡から東京へと親の都合で引っ越してきて、三年目を迎えようとしている。中学三年生、そろそろどこの高校に進学するのか、はたまたほとんどないような就職先をさがして駆けずり回るのか、考える頃であった。しかし、周囲を見る限り、そんなことを真面目に考えている奴はほとんどいない。さすがこの地区随一の悪がきが集まる中学とでも言おうか……正直、もっと真剣に中学を選んでおけばよかった、と思った。父親の仕事の都合で引っ越してきて、右も左も分からない内に、とりあえず入ってみた中学がこの有様である――……授業なんてものを真面目に受ける奴なんて、ほんの一握りしかいない。休み時間も授業中も、あまり変わりの無い教室の騒々しさ。今までの環境とのあまりの違いに、入学早々唖然としていた田舎者は、当然のごとくのっけからいじめの標的にされる予感がした。
それだけはゴメンだと、入学二日目にしてふっかけられた喧嘩に快勝した。それがなかなか強い奴だったらしく、俺はすぐに仲間に迎えいれられたのだ。首尾よくやったじゃないか自分――……その時は日に日に増えていく仲間に、そんなことさえ思っていたものだ。
やがてだんだんと仲の良い奴が固定していき、親友、とさえよべるような奴までできた。家が近かったせいもある、毎日登下校の道すがらや、もちろん学校内でも二人で騒動をまきおこした。大抵は向こうが企画した悪巧みを、二人で協力して実行するパターンで、いたずらを通して俺たちは深い友情を築いていっているのだと信じていたのだ。しかし。
中学一年生の終わり、すっかり悪がきが板についた俺は聞いてはいけないものを聞いてしまった。いつものように仲間とつるんで帰ろうとしていると、教室から親友のはき捨てるような声が聞こえてきた。どうせ、いつものように気に入らない奴の話をしているのだろうと思い、教室に飛び込もうとした直前、あいつの口から出た名前はなんと俺の名前だったのだ。
あいつ、あんなフリしてっけどこの前俺になんて言ったと思う?
マジでうざい。あいついかれてんぜ。
あーあ、はやくどっかの島に帰ってくんねえかなぁ、まじで。
彼の声色と、聞いている奴らの反応で、冗談でないことがすぐに読み取れた。
あいつ、俺の親友じゃ、なかったんだ。
まして友達ですらなかった、友達だと思っていたのは、一方的に俺だけだった……しばらく呆然とした後、ふいに気付いたのだ。ここに、心から信頼できる奴は、一人もいない、と。
「あほか、お前。これが練習に見えんのかよ」
それからは、もう誰にも自分の弱みを見せまいと、誰から見ても完璧に見えるように、振舞った。それまで悪いことばっかりしていたが、影で教師たちの喜ぶように生徒たちを誘導したり、時に教師の相談にのったりして、まずは教師を味方に付けた。そして、先輩たちに混じって、今までよりももっと危険なことに手を出した。どこでも本心を見せず、うまく立ち回れば、それなりの楽しみは得られるのだ――……エスカレートしてはいるな、と思っても、うまくやれるという根拠の無い自信が俺の行動を危なっかしくも支えていた。
「ここじゃボール蹴ってりゃ立派な練習ですよ」
そんなぎすぎすしていた中二の一学期、やたら俺になついてくる後輩が現れた。三浦敬吾と名乗った彼は、部内(一応サッカー部に入っていた)だけならまだしもそれ以外の時間でさえ、暇さえあればまるで犬のように俺のもとへとしっぽをふってやってくるようになる。
大方すぐ、飽きるだろう。たれてもつってもないさっぱりとした目元と、この学校では珍しい黒髪は、すぐに消えうせるものだと思っていた、が。いくらおざなりにしても、冷たい言葉で追い返しても、彼はいつまでも俺に付きまとってきたのだ。何で俺なんかに付きまとうのか、ある日見かねて聞いてみたら、彼はただ静かに微笑み「先輩、俺の憧れだから」と言った。俺のことも良く知らないくせに、何言ってやがる。変ながきだな、と思いながらもいつのまにか彼がいる毎日が普通になっており。
「そりゃそうだな。ケーゴ、ほれ!」
「わ、わ! ちょっ、待ってくださいよ!」
彼の頭の上すれすれに、わざと強くボールを蹴る。あたっても、あいつなら大丈夫だろ、もともとの馬鹿が更に増すことも無いだろうし、と軽く思えるほどの気の置けない関係になっていた。
「先輩、高校どうするんすか?」
さんざん二人でボール遊び(といっても、俺からボールをうばおうと、ケーゴが四苦八苦していただけだったが)をした後に、腹が減ったから帰ろう、となった道すがら。彼は自販機で買ったパックジュースを吸いながら、首をかしげた。
「高校? 行くよ」
「いや、そんぐらい先輩見てりゃわかりますよ。どこ行くんですかって話しです」
「ああ」
さすがに、ケーゴみたいな馬鹿でも人の行動を少しは予測する力はあるか、と考えなおす。
「いやさ、こっちに残るか、福岡帰るかって話なんだよなー」
「ああ、そういえば先輩、福岡出身でしたっけ」
「そ、中学からこっち」
福岡に叔父さんの家があるから、向こうに帰ろうと思えば帰ることはできた。しかし、わざわざ古巣へ戻っても、特に何かあるというわけでもない。それならば、このまま関東の高校へ進学し、そのまま大学進学なり就職なりしたほうが、いいような気もしていた。
「言われなきゃ全然分かりませんよね、標準語メッチャうまいし」
「そうか? なんなら向こうの言葉でもまだしゃべれっぞ?」
にやり、と笑い小突くと、彼は薄く唇に笑みをのせ、横に首を振る。
「駄目です」
「何で?」
「先輩を、もっと遠くに感じるから、嫌です」
「……お前、気持ち悪いこと言うなあ」
「え! 今の気持ち悪かったっすか? ……じゃあ何て言やあいいのかな……他人に感じる? いや、でも先輩他人だし……」
うんうんうなるケーゴの横で、俺はからからと乾いた笑い声をあげた。こいつやっぱり本当に面白い奴だ。はっきり言って、この中学のカラーに染まっていない、少し浮いた男子。見た目も中身も、ここではちょっと変わった奴だった。だからこそ、目新しくて、一緒にいてもまったく不快ではない。
「知らん人に見えるっち言いたいんやないと?」
わざと出身地の言葉を使い、ケーゴに問いかける。すると、彼はぱっと目を見開き、
「知らない人に……見えた!」
とさけんだ。それを見て、今度は腹をかかえて爆笑した。こいつ、やっぱ面白い。
「先輩天才っすね、やっぱ」
「馬鹿、お前のおつむがからっぽなだけだろ」
「ええ、ひどい! そんなことないですよー。俺だって一応、国語とか得意ですもん!」
「国語は日本語なんだからできて当然」
胸をはるケーゴをざっくりときりすてながらも、彼の成績が存外良いことを、俺は知っていた。前見せてもらった(というか、うばいとった)テストの結果はほぼ八割以上、この学校でそれだけとれれば学年で三本指に入ることができる。ヘラヘラとしていてどこか地に足が着いていない雰囲気の奴でも、やることはやっているのだなと、妙に感心したものだ。
「ふん。そう言ってもちゃんとコソ勉やってるんです!」
「お前、コソ勉なってねえだろ! 最近ほとんど俺と帰ってるじゃん」
コソ勉するって事は、放課後友達と遊びに行き、やってないフリをしながらも帰ってこっそり机に向かうことだ。いくら勉強をしていなくても、仲間の前に姿を見せなければ、意味が無い。
「だって、先輩といたほうが楽しいんですもん」
「……気持ち悪」
再びばっさりときりすてると、ケーゴは先ほどとは違い、少し気弱な笑みをうかべてみせた。
ここで、元気にはしゃぎ返してこなかった、彼の変化に気付いてやれればよかったのだ。俺と一緒にいるのも、ただ俺と帰る時間帯がたまたま一緒になるだけだと思っていた。放課後、同級生とつるんでいないのも、彼が好んで一人でいるのだと勘違いしていて。
彼と帰宅した一週間後、ケーゴは学校に来なくなった。
はじめは何も気にしなかった。もともと学年も違うので、会わないときには全く会わないからだ。しかし彼がかろうじて細々と続けられている週一の部活動に姿を見せなかったので、変だ、と思ったのだ。今まで一回も彼が部活を休んだことはなかった。むしろ、人一倍下手なため、何で入部したんだとブチブチ言いながらも、部活の無いときでも俺と個人練習をやっていたというのに。
馬鹿は風邪引かないって言うけどな。気になって、ケーゴと同じクラスの後輩に、聞いた。彼は何食わぬ顔で「知りません」と答えた。
「知らない? ……そっか、ありがと」
お前ら、一番ケーゴとつるんでただろ。本当に知らないのかよ。そう毒づきたいのを必死に押さえ、礼を言うと俺はすぐに職員室へと向かった。教師なら、さすがに状況を把握しているだろう。病気か、それともそれ以外の理由なのか、知りたかった。まさか、あのケーゴが、とは思った、けれど俺の一番恐れていることは、いつどこで起きるとも限らない。
「三浦かあ、三浦なあ、具合悪いって連絡だがなあ」
ストレスのせいか、見事に白髪交じりの汚い頭をしたケーゴの担任は、なんとも歯切れの悪い回答をした。とたん、嫌な予感が胸中をよぎる。
「具合悪いって、病気ですか?」
つい、きつい口調で問いかけると、彼は手を振り、
「いやいや、気にするほどのもんでもない、ただの風邪だとさ」
とあせって付け足す。眼鏡の奥の一重の目が、はっきりとそれは嘘だと告げていた。俺の思い込みか? 自分が経験しかけた事態なだけに、俺自身が敏感になりすぎているのかもしれない。
いや、でも。
ふと、ケーゴの笑顔が浮かぶ。たぶん最近は、自分自身彼の存在に救われている所も大きいと思う。
とりあえず、連絡してみるか。ケーゴの家の電話番号は、たしか部内の連絡網に載っていたはず。その後俺は珍しく部員の誘いをことわり、さっさと家路についた。つくなり連絡網のプリントをひっぱりだし、電話番号を押す。数回のコールの後に「はい、三浦です」とケーゴの声がした。
「おう、ケーゴ」
「あ、温先輩?」
どうしたんですか?とつなげた彼の声はいつもと変わらないとぼけた声で。とたん、胸をなでおろす。
