「自殺?」
翌日の放課後、俺は智奈さんと待ち合わせた喫茶店にとんで行った。白い息を吐きながら店に入るともう智奈さんは中でコーヒーをのんで温まっていて、気が付くと笑って手を振って「ごめんね、呼び出して」と肩をすくめてみせた。
「そう温がいったんです」
温が何故俺に「自殺だよ」と言ったのか、その理由は智奈さんにも見当が付かないらしく再び「ごめん」とあやまられた。
「そういえば、どうして昨日、温の中学のこと聞いたと?」
ふう、と俺がココアの湯気をふくと、その先の彼女は首を傾けてそうたずねてきた。
「あ、昨日偶然朝に温のお母さんに会って、温が中学時代あれとったようなことを聞いたけん……」
「温が?」
とたん、智奈さんの眉間にしわが寄る。
「ちょっとでも、そんなこと聞いたことありませんか?」
「……根も葉もないうわさとおもっとったけど」
そう言い、彼女はコーヒーを一口飲んだ。カチャリとカップをソーサーに置き、ふうと一息つく。
「温が死ぬ前に、ちょっとだけそんなうわさが流れたな。中学時代、すごく荒れてたって」
「詳しく、知っとりますか?」
「ううん。うわさと思って、聞かないようにしてたから……ただ、それやけみんな温のこと怖がり始めたみたいよ」
「温は、何か言ってたんですか?」
「彼は何も言わんかった……というか、うちらの間では話題にすらのぼらなかったけんなあ、そんなこと」
「……温は、どこの中学に通ってたんですか?」
中学が分かれば、どの程度学校全体の風紀が乱れているか予想がつく。しかし、智奈さんはテーブルに肘をつくと、
「東京」
と、ため息交じりに答えた。
「と、東京?」
あまりに予想外の答えに、思わず声が裏返ってしまう。
「そう。小学校卒業したら、東京にいっちゃったの。向こうのことは全くきいとらん」
だから標準語、話してたんだ。急に彼の言葉に納得がいった。「これもあんまり力になれんかったね」と智奈さんは力なく笑った。「そんなことないです」と俺があわてて否定すると、彼女は視線をつい、とそらし、ふと横の椅子に置いていたかばんに、手をかけた。
「片倉君。わざわざ呼び出したの、ちょっと頼みごとがあったからなんよ」
「頼みごと?」
彼女は小さくうなずくと、かばんから一枚の紙をとりだし、俺に手渡した。薄い桃色の紙で四つ折にしてある。
「何ですか、これ?」
「中、見ていいよ。私から温への手紙」
手紙と聞き、開き始めた紙をあわてて再び元のように折りなおす。
「いや、見ていいって。というかね、片倉君に温の前で音読して欲しいの。もしかしたら、手渡すだけだったら温は読まないかもしれないし、なんとなく人の声を介したほうが伝わるかなって思って。だから。これが頼みごと」
「お、俺が読むんですか?」
「駄目?」
「いや、駄目ってわけやないんですけど、そんな大事なものを俺なんかが読んで温に思いが通じるかどうか……」
きっと温に対しての智奈さんの思いの丈がつまった手紙なのだろう。なのに、第三者の、しかもゆきずりで関わったような俺が読んでしまってよいのだろうか。
「それなら大丈夫よ片倉君」
智奈さんが大きく笑った。見ているだけで安心するような笑顔だった。
「私はあなたにならこれを託しても良いっち思ったし、それにあのひねくれ者の温が唯一心を開いているのが片倉君なんよね」
「温が、俺に……?」
思わず首をかしげてみせると彼女は「わからん?」と目を細めた。
「卒業してからずっと温のこと気にしててなんとなく学校の情報にアンテナはっとったんやけどね、この七年間はっきりとした温の話なんて聞かんかったと。幽霊が出るっち噂が、私が卒業するちょっと前ぐらいから出始めたんやけど、あなたが一番初めのはっきりとした目撃情報。つまり温は亡くなってからずっと誰とも話しとらんかったんよ。話す気もなかったんやろうけど、でも片倉君には初めて話しかけた」
「それで、心をひらいてるっちことになるんですか?」
「そうよ、きっと。温も驚いたんやない? 『なんかこいつ、普通に喋ってるよ、俺幽霊なのに』っちさ」
「そう、ですかね」
驚いたのはこっちのほうだった。『なんかこいつ、普通に喋ってるよ、幽霊なのに』と、温に話しかけられて即座に思った。幽霊じゃなければ普通にまわりにいそうな奴だとも思ったっけ。
「うん、だから片倉君が言ってくれたら絶対伝わる。おねがいします」
智奈さんが座ったままで頭を下げた。俺もあわてて「いえいえ、そんな」と頭を下げる。きっとこれ、他人が見たら何してるんだって思う光景なんだろうな。大学院生の女性と、高校生の男の子。姉と弟みたいに思われるのだろうか?
しばらく談笑してから、俺はしっかりと智奈さんの手紙を例のノートにはさみ店を出た。外はもう暗くなっていて、吹き付けてくる風は温まっていた体をすぐに冷やしてしまう。できるだけ早足で家へと急いだ。
温は本当に俺に心を開いているのだろうか。確かに俺としか話をしていないようだけど、そんなのきっとたまたまだ。たまたま俺が「見えて」しまったから、温と話すことが出来ただけ。きっと勇や升田や孝樹だって、俺と同じ行動をとっていたはずだ。温と話して、友達みたいになって。
そういえば温と俺は友達なのだろうか? ふとそんな考えが頭に浮かぶ。何度か話した、会いに行って、会いに来てくれた。この関係を友達と呼べるのか。友達じゃなかったら、知り合い? いや、それも違う。やはり、友達なのだと思う。もし温がそう思っていなかったとしても、俺にとっては少し変わった友達。
友達と知り合いの境って、あいまいだな。友達になるためには知り合うぐらいでは駄目なのだと思う。知り合って、話して、お互いに少しの興味や好意をもって。そして関係を発展させていく。だから、関心がなければなんとなくの関係で同じ空間に毎日顔をつきあわせても、けして友達にはならない。ちらほらと数人のクラスメイトの顔がうかぶ。きっと俺と彼らはただのクラスメイトであり、友達でないのだ。
三年間同じ学校に通うのに、友達にならない。ならないのではなくて、なれないのかもしれない。だって、お互いに興味がないのだから。
冷たいな。
否定はしない。ただ、意識するとその関係はさみしいものに思えた。
翌日の放課後、俺は智奈さんと待ち合わせた喫茶店にとんで行った。白い息を吐きながら店に入るともう智奈さんは中でコーヒーをのんで温まっていて、気が付くと笑って手を振って「ごめんね、呼び出して」と肩をすくめてみせた。
「そう温がいったんです」
温が何故俺に「自殺だよ」と言ったのか、その理由は智奈さんにも見当が付かないらしく再び「ごめん」とあやまられた。
「そういえば、どうして昨日、温の中学のこと聞いたと?」
ふう、と俺がココアの湯気をふくと、その先の彼女は首を傾けてそうたずねてきた。
「あ、昨日偶然朝に温のお母さんに会って、温が中学時代あれとったようなことを聞いたけん……」
「温が?」
とたん、智奈さんの眉間にしわが寄る。
「ちょっとでも、そんなこと聞いたことありませんか?」
「……根も葉もないうわさとおもっとったけど」
そう言い、彼女はコーヒーを一口飲んだ。カチャリとカップをソーサーに置き、ふうと一息つく。
「温が死ぬ前に、ちょっとだけそんなうわさが流れたな。中学時代、すごく荒れてたって」
「詳しく、知っとりますか?」
「ううん。うわさと思って、聞かないようにしてたから……ただ、それやけみんな温のこと怖がり始めたみたいよ」
「温は、何か言ってたんですか?」
「彼は何も言わんかった……というか、うちらの間では話題にすらのぼらなかったけんなあ、そんなこと」
「……温は、どこの中学に通ってたんですか?」
中学が分かれば、どの程度学校全体の風紀が乱れているか予想がつく。しかし、智奈さんはテーブルに肘をつくと、
「東京」
と、ため息交じりに答えた。
「と、東京?」
あまりに予想外の答えに、思わず声が裏返ってしまう。
「そう。小学校卒業したら、東京にいっちゃったの。向こうのことは全くきいとらん」
だから標準語、話してたんだ。急に彼の言葉に納得がいった。「これもあんまり力になれんかったね」と智奈さんは力なく笑った。「そんなことないです」と俺があわてて否定すると、彼女は視線をつい、とそらし、ふと横の椅子に置いていたかばんに、手をかけた。
「片倉君。わざわざ呼び出したの、ちょっと頼みごとがあったからなんよ」
「頼みごと?」
彼女は小さくうなずくと、かばんから一枚の紙をとりだし、俺に手渡した。薄い桃色の紙で四つ折にしてある。
「何ですか、これ?」
「中、見ていいよ。私から温への手紙」
手紙と聞き、開き始めた紙をあわてて再び元のように折りなおす。
「いや、見ていいって。というかね、片倉君に温の前で音読して欲しいの。もしかしたら、手渡すだけだったら温は読まないかもしれないし、なんとなく人の声を介したほうが伝わるかなって思って。だから。これが頼みごと」
「お、俺が読むんですか?」
「駄目?」
「いや、駄目ってわけやないんですけど、そんな大事なものを俺なんかが読んで温に思いが通じるかどうか……」
きっと温に対しての智奈さんの思いの丈がつまった手紙なのだろう。なのに、第三者の、しかもゆきずりで関わったような俺が読んでしまってよいのだろうか。
「それなら大丈夫よ片倉君」
智奈さんが大きく笑った。見ているだけで安心するような笑顔だった。
「私はあなたにならこれを託しても良いっち思ったし、それにあのひねくれ者の温が唯一心を開いているのが片倉君なんよね」
「温が、俺に……?」
思わず首をかしげてみせると彼女は「わからん?」と目を細めた。
「卒業してからずっと温のこと気にしててなんとなく学校の情報にアンテナはっとったんやけどね、この七年間はっきりとした温の話なんて聞かんかったと。幽霊が出るっち噂が、私が卒業するちょっと前ぐらいから出始めたんやけど、あなたが一番初めのはっきりとした目撃情報。つまり温は亡くなってからずっと誰とも話しとらんかったんよ。話す気もなかったんやろうけど、でも片倉君には初めて話しかけた」
「それで、心をひらいてるっちことになるんですか?」
「そうよ、きっと。温も驚いたんやない? 『なんかこいつ、普通に喋ってるよ、俺幽霊なのに』っちさ」
「そう、ですかね」
驚いたのはこっちのほうだった。『なんかこいつ、普通に喋ってるよ、幽霊なのに』と、温に話しかけられて即座に思った。幽霊じゃなければ普通にまわりにいそうな奴だとも思ったっけ。
「うん、だから片倉君が言ってくれたら絶対伝わる。おねがいします」
智奈さんが座ったままで頭を下げた。俺もあわてて「いえいえ、そんな」と頭を下げる。きっとこれ、他人が見たら何してるんだって思う光景なんだろうな。大学院生の女性と、高校生の男の子。姉と弟みたいに思われるのだろうか?
しばらく談笑してから、俺はしっかりと智奈さんの手紙を例のノートにはさみ店を出た。外はもう暗くなっていて、吹き付けてくる風は温まっていた体をすぐに冷やしてしまう。できるだけ早足で家へと急いだ。
温は本当に俺に心を開いているのだろうか。確かに俺としか話をしていないようだけど、そんなのきっとたまたまだ。たまたま俺が「見えて」しまったから、温と話すことが出来ただけ。きっと勇や升田や孝樹だって、俺と同じ行動をとっていたはずだ。温と話して、友達みたいになって。
そういえば温と俺は友達なのだろうか? ふとそんな考えが頭に浮かぶ。何度か話した、会いに行って、会いに来てくれた。この関係を友達と呼べるのか。友達じゃなかったら、知り合い? いや、それも違う。やはり、友達なのだと思う。もし温がそう思っていなかったとしても、俺にとっては少し変わった友達。
友達と知り合いの境って、あいまいだな。友達になるためには知り合うぐらいでは駄目なのだと思う。知り合って、話して、お互いに少しの興味や好意をもって。そして関係を発展させていく。だから、関心がなければなんとなくの関係で同じ空間に毎日顔をつきあわせても、けして友達にはならない。ちらほらと数人のクラスメイトの顔がうかぶ。きっと俺と彼らはただのクラスメイトであり、友達でないのだ。
三年間同じ学校に通うのに、友達にならない。ならないのではなくて、なれないのかもしれない。だって、お互いに興味がないのだから。
冷たいな。
否定はしない。ただ、意識するとその関係はさみしいものに思えた。
