その後。俺は悶々と悩み続けた。何故温は自殺などしたのだろう。彼は自分で言っていた。しかも、なんでもないという風に。女子が言っていたとおりに、いじめなのだろうか。いやいや、それはないと否定して話を進めているのだ。
じゃあ、何で。
「しゅーんや君」
いきなりぽんと肩をたたかれ、俺はびくりと身体をゆらした。振り返ると、箒をもった孝樹の姿があった。あれ、こいつ下足箱の掃除班じゃなかったっけ。
「何?」
そう問い返すと、彼はちらりと周囲に気を配った。長い長い廊下掃除、箒を持ったままぶらぶらしていた俺はいつの間にか班員と遠く離れた場所にいて。向こうのほうで、みんながふざけあっているのが目に入った。どうせさぼるんなら孝樹もあっち、行けばよいのに。
「昼休み、どうしたん?」
「へ?」
「片倉らしくないこと、しとったやん」
意外な質問に、俺は思わず言葉を失ってしまった。見られていた。しかも、あまり知られたくなかった相手に。
「見とったん?」
「うん、ベランダおったけん、分かった」
「ああ」
孝樹の顔を見ることが出来ず、ふい、と窓の外を見やった。トイレから見たときと同様、白々しくも晴れた空が広がっている。
「どーしたんやろねえ……」
自分でも、あの行動はよくわからない衝動的なものだったのだ。もっと、穏便なやりすごし方もあったろうに。思わず、深く溜息をつく。そんな俺を見て、孝樹は顔をしかめた。
「俺が聞いとるんやぞ。そんな、溜息つかれても知らんし」
「うーん……そうなんやけど」
どうしたらよいんかね、と笑ってみせると、表情を変えない孝樹に、泣きそうになった。こいつも心配してくれている。なんとなく気まずくて、横を向いた。
「最近どうしたん」
俺が口を開こうとしないのを見ると、彼はきつい口調でたずねてきた。思わず、身体が硬くなる。
「何が?」
顔をあげると、見事なまでの無表情が目の前にあった。彼に合わせて、ついつい俺の口調もするどくなってしまう。何でこいつと、ちょっと真剣な話をしたら、こんな空気になるんだろう……でもしょうがない、正当防衛だ。
「……ならいいや」
「はあ?」
俺の顔をまっすぐに見つめると、かれはふっとなげやりに、そうつぶやいた。思わず、大きい声を出す。
「何、はっきり言ってくれん?」
次は俺が問いただす番で、少し首をかしげた。すると、彼はふい、と目をそらし、
「いやいい、いい」
とめんどくさそうに俺の言葉をおいやり、顔をしかめた。何だよ、自分からふったんじゃないか。そっぽを向いてしまった孝樹に、ぎゅっと胸がしめつけられた。でも、経験上こうなってしまった彼は、なんと言おうともう取り合ってはくれない。ぶっきらぼうな横顔を見ているのも癪だったので、俺もふい、と窓の外を見やった。
「……勇がずいぶん心配しとったぞ」
しばらくの沈黙の後、ぽつりと孝樹がしぼりだしたかのような声をだした。顔をあげると、しかめっ面は無表情に戻っていた。やめろよ、お前の無表情、怖いんだって。
「……まじで? なんかいっとった?」
とりあえず、押し黙っているのも居心地が悪かったので、話題を全力で勇の方向に持っていこうとした。そうだ、後で勇にもうまくとりつくろっておかないと。
「いや。お前が話してくれるまで見守るってさ。俊ちゃん自己解決型やけんっち言いよった」
「そっか」
「てか、お前勇にも話さんことあるんやね」
「……んー、というか基本、俺は勇に相談ごと、せん」
「そうなん?なんで?」
お前ら金魚のフンやん、と言った孝樹に思わず微笑をうかべた。そっか、金魚のフン。たしかに俺たち、そんなもんかも。
「だって勇、頼りないやん……ほら、それに俺、悩み事とか結構自分で解決しちゃうし」
自分から他人に相談を持ちかけるなんて、相当まれだと思う。多分、人に相談するほどの大きな悩みをもったことが無いからだという可能性は、かなり大きいが。
「お前なあ……」
すると孝樹はため息をつき、あきれ顔で俺をにらんできた。その表情に、さらに息がつまる。
「なん?」
「今の台詞、勇が聞いたら傷つくぞ、多分」
予想外の言葉に、思わず眉をひそめた。何でそんなことに、お前が口出ししてくるんだよ。
「は? 何で? 事実やん」
強めに吐いた言葉に、孝樹は怖気づくことなくその口を開いた。
「あのなあ、お前は悪気があって言っとるわけやないんやろうけど、もうちょっと言い方考えりいよ」
「お前に勇との仲をどうこう言われる筋合いっち、ないと思うんやけど」
「勇の事にかぎらずだって。お前、中学の時も色々言って、周り引いてたぞ」
孝樹の言葉に、流石にむっとした。何でいまさら、そんな昔のことをこいつに言われなきゃいけないのだ。
温のことでおいつめられた頭は、かなりイライラしていた。
「何が言いたいん?」
冷たい口調で問い詰める。
「言ったやろ、言い方考えろち話ちゃ」
「じゃあなんで中学の話わざわざ蒸し返すん、他にも言いたいことあるんやないん」
相手の言葉尻を追うように言葉をつなげた。考えずとも、すぐに言い返す台詞はうかんでくる。孝樹の次の言葉を待ったが、にらみ合うばかりで彼は口をつぐんでしまった。言葉がうかばないのだろうか、それとも、これ以上言いあう意味がないと感じ取ったのだろうか。
「別に……そう思うなら自分で考えり」
ふと、気が抜けたような小さな声でつぶやき、彼は俺にくるりと背を向け、行ってしまった。
なんだ、あいつ。嫌な時につっかかってきやがって。
だんだんと小さくなっていく背中を見つめながら、俺は再び溜息をつく。何でこんなに俺、イライラしているんだろう。それもこれも全て、温のせい。
というか俺は何故こんなに温のことを考えているんだ? 今はテスト期間中だ。そんな無駄なこと、考えなくてもよい。今は勉強だけに集中を……。
無駄なこと、なのだろうか。
俺にとっては、温はもうすぎさった過去の人だ。肉体をもって、生きているわけではない。しかし、温はそれでも存在しているのであって、それは絶対になにか意味があるはずなのだ。
温が存在している意味。
温が存在している理由。
そうだ、理由だ。きっとかならず理由がある。温は調べてみろ、といった。今もっている情報は、少し。どうやら森田の言っていた「学校の不祥事」ってのがキーワードになりそうな気がした。その時、ふと杉岡先生の困った顔が浮かんでくる。きっと、学校内で分かることには限界があるだろうな。これから調べるとしたら、校門の外に出なくては。当時の同級生はほとんどが大学を出てもう働いているはず。いったん県外に出ても、この町に戻ってきている可能性も十分にある。あと二日でテストが終るから……調べるとしたらそこからだ。
調べて何になるかといえば、どうにもならない。他人の過去を追ってみて、その人生を疑似体験するだけなのだ。
知りたいから、調べる。
それで良いと思う。だってただの好奇心、野次馬根性なのだから。
じゃあ、何で。
「しゅーんや君」
いきなりぽんと肩をたたかれ、俺はびくりと身体をゆらした。振り返ると、箒をもった孝樹の姿があった。あれ、こいつ下足箱の掃除班じゃなかったっけ。
「何?」
そう問い返すと、彼はちらりと周囲に気を配った。長い長い廊下掃除、箒を持ったままぶらぶらしていた俺はいつの間にか班員と遠く離れた場所にいて。向こうのほうで、みんながふざけあっているのが目に入った。どうせさぼるんなら孝樹もあっち、行けばよいのに。
「昼休み、どうしたん?」
「へ?」
「片倉らしくないこと、しとったやん」
意外な質問に、俺は思わず言葉を失ってしまった。見られていた。しかも、あまり知られたくなかった相手に。
「見とったん?」
「うん、ベランダおったけん、分かった」
「ああ」
孝樹の顔を見ることが出来ず、ふい、と窓の外を見やった。トイレから見たときと同様、白々しくも晴れた空が広がっている。
「どーしたんやろねえ……」
自分でも、あの行動はよくわからない衝動的なものだったのだ。もっと、穏便なやりすごし方もあったろうに。思わず、深く溜息をつく。そんな俺を見て、孝樹は顔をしかめた。
「俺が聞いとるんやぞ。そんな、溜息つかれても知らんし」
「うーん……そうなんやけど」
どうしたらよいんかね、と笑ってみせると、表情を変えない孝樹に、泣きそうになった。こいつも心配してくれている。なんとなく気まずくて、横を向いた。
「最近どうしたん」
俺が口を開こうとしないのを見ると、彼はきつい口調でたずねてきた。思わず、身体が硬くなる。
「何が?」
顔をあげると、見事なまでの無表情が目の前にあった。彼に合わせて、ついつい俺の口調もするどくなってしまう。何でこいつと、ちょっと真剣な話をしたら、こんな空気になるんだろう……でもしょうがない、正当防衛だ。
「……ならいいや」
「はあ?」
俺の顔をまっすぐに見つめると、かれはふっとなげやりに、そうつぶやいた。思わず、大きい声を出す。
「何、はっきり言ってくれん?」
次は俺が問いただす番で、少し首をかしげた。すると、彼はふい、と目をそらし、
「いやいい、いい」
とめんどくさそうに俺の言葉をおいやり、顔をしかめた。何だよ、自分からふったんじゃないか。そっぽを向いてしまった孝樹に、ぎゅっと胸がしめつけられた。でも、経験上こうなってしまった彼は、なんと言おうともう取り合ってはくれない。ぶっきらぼうな横顔を見ているのも癪だったので、俺もふい、と窓の外を見やった。
「……勇がずいぶん心配しとったぞ」
しばらくの沈黙の後、ぽつりと孝樹がしぼりだしたかのような声をだした。顔をあげると、しかめっ面は無表情に戻っていた。やめろよ、お前の無表情、怖いんだって。
「……まじで? なんかいっとった?」
とりあえず、押し黙っているのも居心地が悪かったので、話題を全力で勇の方向に持っていこうとした。そうだ、後で勇にもうまくとりつくろっておかないと。
「いや。お前が話してくれるまで見守るってさ。俊ちゃん自己解決型やけんっち言いよった」
「そっか」
「てか、お前勇にも話さんことあるんやね」
「……んー、というか基本、俺は勇に相談ごと、せん」
「そうなん?なんで?」
お前ら金魚のフンやん、と言った孝樹に思わず微笑をうかべた。そっか、金魚のフン。たしかに俺たち、そんなもんかも。
「だって勇、頼りないやん……ほら、それに俺、悩み事とか結構自分で解決しちゃうし」
自分から他人に相談を持ちかけるなんて、相当まれだと思う。多分、人に相談するほどの大きな悩みをもったことが無いからだという可能性は、かなり大きいが。
「お前なあ……」
すると孝樹はため息をつき、あきれ顔で俺をにらんできた。その表情に、さらに息がつまる。
「なん?」
「今の台詞、勇が聞いたら傷つくぞ、多分」
予想外の言葉に、思わず眉をひそめた。何でそんなことに、お前が口出ししてくるんだよ。
「は? 何で? 事実やん」
強めに吐いた言葉に、孝樹は怖気づくことなくその口を開いた。
「あのなあ、お前は悪気があって言っとるわけやないんやろうけど、もうちょっと言い方考えりいよ」
「お前に勇との仲をどうこう言われる筋合いっち、ないと思うんやけど」
「勇の事にかぎらずだって。お前、中学の時も色々言って、周り引いてたぞ」
孝樹の言葉に、流石にむっとした。何でいまさら、そんな昔のことをこいつに言われなきゃいけないのだ。
温のことでおいつめられた頭は、かなりイライラしていた。
「何が言いたいん?」
冷たい口調で問い詰める。
「言ったやろ、言い方考えろち話ちゃ」
「じゃあなんで中学の話わざわざ蒸し返すん、他にも言いたいことあるんやないん」
相手の言葉尻を追うように言葉をつなげた。考えずとも、すぐに言い返す台詞はうかんでくる。孝樹の次の言葉を待ったが、にらみ合うばかりで彼は口をつぐんでしまった。言葉がうかばないのだろうか、それとも、これ以上言いあう意味がないと感じ取ったのだろうか。
「別に……そう思うなら自分で考えり」
ふと、気が抜けたような小さな声でつぶやき、彼は俺にくるりと背を向け、行ってしまった。
なんだ、あいつ。嫌な時につっかかってきやがって。
だんだんと小さくなっていく背中を見つめながら、俺は再び溜息をつく。何でこんなに俺、イライラしているんだろう。それもこれも全て、温のせい。
というか俺は何故こんなに温のことを考えているんだ? 今はテスト期間中だ。そんな無駄なこと、考えなくてもよい。今は勉強だけに集中を……。
無駄なこと、なのだろうか。
俺にとっては、温はもうすぎさった過去の人だ。肉体をもって、生きているわけではない。しかし、温はそれでも存在しているのであって、それは絶対になにか意味があるはずなのだ。
温が存在している意味。
温が存在している理由。
そうだ、理由だ。きっとかならず理由がある。温は調べてみろ、といった。今もっている情報は、少し。どうやら森田の言っていた「学校の不祥事」ってのがキーワードになりそうな気がした。その時、ふと杉岡先生の困った顔が浮かんでくる。きっと、学校内で分かることには限界があるだろうな。これから調べるとしたら、校門の外に出なくては。当時の同級生はほとんどが大学を出てもう働いているはず。いったん県外に出ても、この町に戻ってきている可能性も十分にある。あと二日でテストが終るから……調べるとしたらそこからだ。
調べて何になるかといえば、どうにもならない。他人の過去を追ってみて、その人生を疑似体験するだけなのだ。
知りたいから、調べる。
それで良いと思う。だってただの好奇心、野次馬根性なのだから。
