「後藤温くん」
放課後、職員室。孝樹の後ろにホイホイとついていった俺は、アルバムの中の姿となんら変わらぬ好々爺とすぐに二人になることが出来た。孝樹は自分の質問をおえると、ためらうことなく俺を残してさっさと職員室をでていってくれたのだ。何故何年も前の生徒のことを聞くのか、かなり怪しい俺の立ち位置に対して、うまく言い訳が思い付かなかったので直球勝負で彼に温の名前を告げると、すぐに「ああ」と頷いてみせ、
「それが、どうかしたんね」
と多分に警戒心の混ざった瞳でこちらを見返してきた。そりゃ、あんまり面識もない生徒が、何代も前の生徒のことを聞いてきたら、不審に思うか。
「いやあ、何かこの前、四つ上の兄貴がここの卒業生なんですけど、この学校の怖い話しとって、それでその後藤温って奴の幽霊がでるっち聞いて。詳しいことは知らんけ、興味があったらもしかしたら杉岡先生がご存知かもしれんっち言ってたもんですから」
気になって、とペラペラ嘘をつく。わざわざ昔の卒アルから探し当てた、というよりはこっちのほうが怪しくないだろう。ああでもやっぱり、ちょっと苦しいかな?
しかし杉岡先生はまだ渋い顔をして、俺をじっと見つめていた。先ほどのように、警戒しているわけではなく、今度は少し困った風に。そして、ふうと一回ため息をつくと、静かに語りだした。
「……そうかあ、生徒達の間ではそんな風に言われとるんかあ」
完全に「弱ったなあ」といった体である。おっしゃ、嘘、信じてる。
「……え、もしかして話したらまずい内容なんですか?」
やっぱり、森田の言っていた「学校の不祥事」ってのはビンゴだ。この先生の、この反応。それを知りながらも俺はあえて何も気づかないふりを突き通すことにした。この先生は、「不祥事」についての情報を、持っている。それをうまく聞きださないと。
「うーん、ちょっとねえ。後藤くん、何年か前に事故で亡くなった子なんよ。やけねえ、それが幽霊ねえ」
事故? 自殺といったら、まずいと思ったから、そう言ったのだろうか。それとも、先生のただの記憶違いか?
「事故って……」
「ああ、まあ彼も凄くかわいそうだったなあ……片倉君」
「はい」
「他の子には、あんまりその話を広げんでくれんかな」
静かではあるが、杉岡先生の放った言葉には絶対の強制力があった。思わず「はい」と頷いて、俺は他になす術もなくその場を立ち去ってしまった。
事故か。
職員室を出て人気のない廊下をとぼとぼと歩き始めた俺は繰り返し頭の中で杉岡先生の言葉を再生していた。たいした情報はえられなかったけれど、先生の言った「事故」という言葉がどうもひっかかる。
学校の不祥事による自殺……まあ言葉を濁したら事故にもなるか。森田の情報を全面的に信用するのであれば、事故という表現に納得もいく。先生はあの事件を体験しているのだ。何年も前のこととはいえ、生徒が亡くなった原因を、間違えたりなどするだろうか。それとも、単なる言い間違いか記憶違いなのか? 杉岡先生の顔を、ちょっと思い浮かべてみる。少しとぼけた風の、なじみやすそうなおじいさん。そういえば代打授業の時、よく忘れ物をしていたっけ……単なる間違いって可能性、大きいかも。
ちょっと首をかしげ、怪しいなと思う。今のところ、唯一の確実な情報源が怪しいとなると、調べるのもかなり行き詰った感があった。まだ、そんなに調べたわけじゃないけど。
はあ、と大きくため息をついたところで、後ろからいきなり肩をぽんとたたかれた。思わず大きく体がはね、振り返ると森田が肩をたたいた形のままで手を止め、目を丸くしていた。
「びくったあ! 森田かよ!」
「こっちっちゃ! 片倉君、吃驚しすぎやろ!」
二人で笑いながら、軽く胸を押さえる。幽霊よりも、生きてる人間のほうがよほど心臓に悪いなんて。
「どうしたん?」
「いや、何か丁度前にたたきやすそうな肩があったけん、たたいてみたんやけど」
「なんそれ」
俺がつっこむと、森田がにやりと笑う。笑い方がちょっと、勇に似ていた。クラスでの立ち位置が似ていると、つくる表情も似てくるのだろうか。そのまま雑談しながら教室に戻ると、まだ時間もはやいのに珍しく教室には誰もいなかった。さっと自分の席に戻り、かばんを整理する。森田は日直だったらしく、学級日誌をつけはじめた。
「あ、そういや片倉君」
「ん? なん?」
「さっき来原君が言っとったんやけどさあ、今更やけど、自殺した子の名前、分かったよ」
「へ」
思わず、固まる。何で勇が、そう言いかけた俺をさえぎるかのように、森田は重ねて、
「ゴトウユタカっち言うんやて」
と、よく知った名前をつぶやいた。
放課後、職員室。孝樹の後ろにホイホイとついていった俺は、アルバムの中の姿となんら変わらぬ好々爺とすぐに二人になることが出来た。孝樹は自分の質問をおえると、ためらうことなく俺を残してさっさと職員室をでていってくれたのだ。何故何年も前の生徒のことを聞くのか、かなり怪しい俺の立ち位置に対して、うまく言い訳が思い付かなかったので直球勝負で彼に温の名前を告げると、すぐに「ああ」と頷いてみせ、
「それが、どうかしたんね」
と多分に警戒心の混ざった瞳でこちらを見返してきた。そりゃ、あんまり面識もない生徒が、何代も前の生徒のことを聞いてきたら、不審に思うか。
「いやあ、何かこの前、四つ上の兄貴がここの卒業生なんですけど、この学校の怖い話しとって、それでその後藤温って奴の幽霊がでるっち聞いて。詳しいことは知らんけ、興味があったらもしかしたら杉岡先生がご存知かもしれんっち言ってたもんですから」
気になって、とペラペラ嘘をつく。わざわざ昔の卒アルから探し当てた、というよりはこっちのほうが怪しくないだろう。ああでもやっぱり、ちょっと苦しいかな?
しかし杉岡先生はまだ渋い顔をして、俺をじっと見つめていた。先ほどのように、警戒しているわけではなく、今度は少し困った風に。そして、ふうと一回ため息をつくと、静かに語りだした。
「……そうかあ、生徒達の間ではそんな風に言われとるんかあ」
完全に「弱ったなあ」といった体である。おっしゃ、嘘、信じてる。
「……え、もしかして話したらまずい内容なんですか?」
やっぱり、森田の言っていた「学校の不祥事」ってのはビンゴだ。この先生の、この反応。それを知りながらも俺はあえて何も気づかないふりを突き通すことにした。この先生は、「不祥事」についての情報を、持っている。それをうまく聞きださないと。
「うーん、ちょっとねえ。後藤くん、何年か前に事故で亡くなった子なんよ。やけねえ、それが幽霊ねえ」
事故? 自殺といったら、まずいと思ったから、そう言ったのだろうか。それとも、先生のただの記憶違いか?
「事故って……」
「ああ、まあ彼も凄くかわいそうだったなあ……片倉君」
「はい」
「他の子には、あんまりその話を広げんでくれんかな」
静かではあるが、杉岡先生の放った言葉には絶対の強制力があった。思わず「はい」と頷いて、俺は他になす術もなくその場を立ち去ってしまった。
事故か。
職員室を出て人気のない廊下をとぼとぼと歩き始めた俺は繰り返し頭の中で杉岡先生の言葉を再生していた。たいした情報はえられなかったけれど、先生の言った「事故」という言葉がどうもひっかかる。
学校の不祥事による自殺……まあ言葉を濁したら事故にもなるか。森田の情報を全面的に信用するのであれば、事故という表現に納得もいく。先生はあの事件を体験しているのだ。何年も前のこととはいえ、生徒が亡くなった原因を、間違えたりなどするだろうか。それとも、単なる言い間違いか記憶違いなのか? 杉岡先生の顔を、ちょっと思い浮かべてみる。少しとぼけた風の、なじみやすそうなおじいさん。そういえば代打授業の時、よく忘れ物をしていたっけ……単なる間違いって可能性、大きいかも。
ちょっと首をかしげ、怪しいなと思う。今のところ、唯一の確実な情報源が怪しいとなると、調べるのもかなり行き詰った感があった。まだ、そんなに調べたわけじゃないけど。
はあ、と大きくため息をついたところで、後ろからいきなり肩をぽんとたたかれた。思わず大きく体がはね、振り返ると森田が肩をたたいた形のままで手を止め、目を丸くしていた。
「びくったあ! 森田かよ!」
「こっちっちゃ! 片倉君、吃驚しすぎやろ!」
二人で笑いながら、軽く胸を押さえる。幽霊よりも、生きてる人間のほうがよほど心臓に悪いなんて。
「どうしたん?」
「いや、何か丁度前にたたきやすそうな肩があったけん、たたいてみたんやけど」
「なんそれ」
俺がつっこむと、森田がにやりと笑う。笑い方がちょっと、勇に似ていた。クラスでの立ち位置が似ていると、つくる表情も似てくるのだろうか。そのまま雑談しながら教室に戻ると、まだ時間もはやいのに珍しく教室には誰もいなかった。さっと自分の席に戻り、かばんを整理する。森田は日直だったらしく、学級日誌をつけはじめた。
「あ、そういや片倉君」
「ん? なん?」
「さっき来原君が言っとったんやけどさあ、今更やけど、自殺した子の名前、分かったよ」
「へ」
思わず、固まる。何で勇が、そう言いかけた俺をさえぎるかのように、森田は重ねて、
「ゴトウユタカっち言うんやて」
と、よく知った名前をつぶやいた。
