神木部長、婚姻届を受理してください!


 西内さんの背中を見送りながら、彼は少しだけお節介だけど、やっぱり良い人だな、なんて思いながら180度回転して振り返る。

 すると、数メートル先にこちらへ向かって歩いてきている部長の姿があった。


「立川」

「は、はい」

 部長に背を向けて逃げようかと考えていたその時、部長に名前を呼ばれてしまった私は振り返ろうとしていた上半身を元に戻して部長を見た。

「ちょっといいか?」

 いつもと変わらない表情でそう言った部長。私はその言葉に小さく頷くと、先を歩き出す部長に続いて歩き出した。

 部長室に案内された私は部長のデスクの前に立ち、部長がデスクから何かを取り出すのをただ黙って待っている。すると。

「割と大きな案件が入ることになった。その都合で明日、朝一に緊急で会議をすることになったんだけど、その資料作成をお願いしたい」

 そう言った神木部長に手渡されたのは、設計の資料と、議題の書かれたメモ。

「この設計資料は15部ずつコピーしてまとめておいてもらえると助かる」

「かしこまりました」

「忙しいところ悪いけど、頼むな」

「はい」

 そう返事をして一度頷くと、少しの間ができた。

 もう話も終わったのだから、本当なら部長室から去らないといけない。だけど、ついさっき西内さんにあんなことを聞いた私は、どうしてもこの場から動きたくないと思ってしまった。