「神木部長、好きです!」

 そう告げると私は、さっ、と手に持っていた白い封筒をデスクの上に差し出した。

 目の前で、柔らかそうな椅子の背もたれに上半身を預けている男性は、呆れたような、困ったような表情で私を見た。

「立川、あのなあ」

 奥二重ですっと横に長い瞳と、尖った鼻。いつも無造作に整えられている、癖のついた黒髪をかき乱した目の前の彼は、23歳の私より一回りも年上の部長である。

 彼の名前は、神木聡介(かみきそうすけ)。高卒で働き始めた私は、一昨年この建設会社に転職して来た。正直、入社した当初は顔がタイプというだけだった。だけど、神木部長を知れば知るほど、私は驚く程惹かれていってしまったのだ。

「それ、受理してくださいね」

 私がそう言うと、部長はデスクの上に置かれた白い封筒を見た。

「え? まさかこれ、退職届?」

「まさか!違います。ちゃんと見てください」

 白い封筒の真ん中に黒い筆ペンで書かれた文字。部長はそれをじっくり見ると、今までで一番呆れた顔をした。

「婚姻届って……お前は、悪ふざけも大概にしなさい」

 これは受理できません、と部長が封筒を私に返そうとした。私は、それを受け取らずにそっぽを向いたあと「悪ふざけじゃないです!」と少し大きな声で言い放ち部長室を出た。