陽音のワールドツアーを終えて、
数日後の ある日、




ミアと桐ヶ谷は、あの日の約束どおり、
一緒に 映画を観に来ていた。



観るのは、ふたりともが好きな、ホラー映画。



週末というのもあってなのか、
人の多さ、
特に カップルの多さに驚きながら、
桐ヶ谷は、ミアが欲しがったポップコーンを片手に
ふたりは、チケット売り場に並ぶ。



「俺らも、バッチリカップルに見えるな」

「さぁ~どうだか」

浮かれ気味に言う桐ヶ谷に、素知らぬ様子のミア。

「あ~ぁ、あのときの素直はどこへやら」

膨れっ面の桐ヶ谷を ミアが面白そうに笑う。




あと5番目か…と、前方を眺める、ふたり。




すると、

「ん?、…ぁあ~…」

不意に、桐ヶ谷が、呟いた。

「なに、どうしたの?」

「あっ、いや…」


尋ねるミアに、
桐ヶ谷は、本人に聞こえちゃ悪いな…と、
ミアに顔を寄せて、小声で言う。


「二つ前に並んでる…右の女の人」

「私側?」

ミアも、小声で言う。

「うん。
左の列に、知り合いがいるんだな。で、
それは、会いたくない人」


「…ん?」

“なにを言い出した?”

ミアは、桐ヶ谷の突然の意味不明に、桐ヶ谷を見ながら、首を傾げる。


桐ヶ谷が、言葉を続ける。


「で、その会いたくない知り合いのほうは…、
今、その人に気付いた様子。

あの、二人組の女性。
気付けとばかりに、その人に手を振ってる。

手を振られてる、二つ前の女性のほうは、と。

前を向いたまま、
完全無視だなぁ。気付いてるのに、向こうより先に」


「ぇえ??、…、なになに??」

“なにを言ってるんだ?こいつは”


ミアは、首を傾げ、眉間にシワを寄せながら、
桐ヶ谷を見ている。



「まぁ~、見てな。自然とな」

余裕綽々な桐ヶ谷に、意味不明な怪訝ながらも、
言われるまま、ミアは、自然と様子を見てみた。


ふたりが、何気ないふうに見るなか、

左の列の二人組が、先にチケットを買い、桐ヶ谷たちの二つ前の人の方へ近寄ってきている。

すると、


「私、お手洗いっ」と連れに言って、背を向けて、直ぐ様
居なくなった。


彼女の言葉を耳にした、桐ヶ谷とミア。
ミアが、『聞こえたっ』とばかりに、驚駭した表情になりながら、桐ヶ谷と顔を見合わせる。


スッと向こうへと居なくなった彼女を 不思議そうに、
彼女の連れに話し掛けた、その二人組。


「やっぱ、知り合いだったな」


呟く桐ヶ谷に、ミアは、驚愕した。

「知ってる人!?」

「いいや」

「!!
なんでわかったのっ?!」



「う~ん、それは~、
連れの方を向いて話を聞いてた人が、
その視線の先、向こう側に、
一瞬、酷く驚いた顔をして、急に前を向いたから」



「そんなことっ気付いたの!?」

「不自然だったからね、視界に入って。

何かを見て驚いて、あの仕草。
人の目ってのは、正直だな」



不思議そうに頷くミアに、桐ヶ谷が、ドヤ顔で笑う。




自分たちの番がきて、桐ヶ谷は、
「大人2枚」と言うと、
自分の分は払おうと財布を出すミアを制して、
桐ヶ谷は、ふたり分を出した。

チケットを受け取り、
歩きながら 一枚をミアへ手渡す。


「ありがとう。
私の分も出して貰っちゃって」

「まぁ、別に。気にするなよ」



“なんだかんだ、優しいんだよなぁ…”


ミアは、桐ヶ谷の男らしさを感じ取っていた…




ふたりは、中へと入り、
中程真ん中くらいの席に並んで座る。



既に暗がりで 映画本編の前の
注意事項や宣伝予告が流れていた。


桐ヶ谷は、ポップコーンを摘みながら
待ちわびるように スクリーンを観ている。


そんな横顔を
ミアもポップコーンを摘みながら、
ふと 眺めていると…


“なんだか…
前にもこんなことがあった様な気がする…”


と、

勿論初めてなのだが、そんなことを思いながら
ミアは、自分の右側にいる桐ヶ谷を
違和感なく見つめていた。



“それにしても…”

何かの度に現れたり、
グッドタイミングで慰めてくれる桐ヶ谷を
ミアは、
不思議な人だなぁ…と思ったりもしていた。


“まさか、”
心で呟きながら、桐ヶ谷を見つめる、ミア。

その視線に気付いて、桐ヶ谷もミアを見る。

「な、なんだよ」

「桐ヶ谷… もしかして…」

「え?…」

桐ヶ谷は、ミアに見つめられてドキドキし始めながら、
何かを言い掛けたミアに、

“なんなんだ?
もしかして… 私が好き?とか言うのか?”

と、勝手に焦りだし、
もしそうなら、なんて返そうか…ふざけるか、
いや、マジでいくか…などと、
心臓をバクバクさせる桐ヶ谷に、

ミアは、

“だって、さっきも妙なっ……”
と、
心の中で呟き… 次の瞬間、

「…ないな。ないないっ、
有るわけないじゃん、超能力とかっ」

と、囁いて クスッと笑いながら、
スクリーンへと視線を投げた。


桐ヶ谷がそうするのは、自分を気に掛けてのこと…
とは、ミアは、思いも寄らず…



“超能力?…?…、なんなんだ???”

首を傾げながら、
桐ヶ谷も スクリーンへと視線を戻した。






映画が、始まった。



ーーー



周りと同様に 静かに観始めた、ふたり。


ふと、静かなミアが気になり、
映画館だから同然と思いつつも、
稀に見る 静かなミアの、綺麗な横顔に…


桐ヶ谷は、

“手を握りたい… いや… …ミアに触れたい…”

という、映画そっちのけの 邪な想いになり…



ふと、

映画に見蕩れて
ポップコーンへと伸ばしたままになっている
ミアの手に気付き…



“握れそうだな… 自然とイケそうだな…


………よしっ 今だっ”


と、ミアの手を握ろうとした瞬間、


~ ギャーーーッ!!! ~

という恐怖シーンとともに、

そのシーンに驚いたミアに、

思いっきり撥ね除けられた。



“イッテ!…”

桐ヶ谷は、自分の手を摩りながら
苦い顔ながらに ミアを見る。


ミアは、この状況をわかっているのか否か、
怖そうながらも スクリーンに釘付けになったまま。




“…しゃあねぇな… ”

桐ヶ谷は 溜息ひとつ。



そして、
何気なく見渡すと、周りも 恐怖に慄きながらも
スクリーンに釘付け。



“皆、そうなんだぁ…”


真剣に観ようと
桐ヶ谷は、スクリーンに視線を戻す。


すると、
途端にまた 恐怖シーンとなり、
ミアは、桐ヶ谷の腕を掴んだ。



握ろうとしてたのに 掴まれて、
桐ヶ谷は、一瞬 どきっとしたが、


腕を掴むミアの 力強さに、


“っ… こいつっ、力あるなっ…”


と、
どきどきよりも 痛さを我慢して受け止めてやる方が勝り…




それから、
恐怖シーンがあるごとに

桐ヶ谷は、
ミアに腕を強く掴まれたり、
掴まれた腕を叩かれたり、
強く引っ張り寄せられながら抱きつかれたり…




どきどきするやら 痛いやら…




桐ヶ谷は、映画どころでは なかった…



ーー