桐ヶ谷が、
ハンドタオルで手を拭きながら 御手洗いを出ると、
通路でキョロキョロしているミアがいた。

徐に、歩み寄る。



「あっ…」

近付く桐ケ谷にすぐに気付き、
ハッとする、ミア。


「なに驚いてんだよ」

「いや、別に…」

「香大さんなら、彼処にいるじゃん」

「え?…」

「探してただろ?」

「あぁ… …、知ってる」



あの夜、

陽音の口から 女性の名前を聞いたこと…
陽音が自分から その女性の所へ行ったこと…
そして、何より…
その女性を愛しく想う 陽音の強い感情を
知ってしまい…
ミアのショックは大きく…
心は、打ちのめされていた…


桐ヶ谷は、そんなこととは 露知らず。



“知ってる って、…?
俺が話し掛ける寸前まで キョロキョロしてたじゃん?”



桐ヶ谷は、不思議に思いながらも、言葉を続けた。


「まぁ、今話し掛けるのは まずいもんな。
本番控えた大事な時間。
香大さん、いつものように集中してるから」

「…そだね…」



キョロキョロしていたミアの意図はわからないが、
桐ヶ谷は気にも留めず、

本番を控えた緊張感に 今は続ける会話もなくなり、
桐ヶ谷は、立ち去ろうとした。

「あっ、桐ヶ谷っ」


呼び止められ、振り返る。

「コーヒー、飲まない?」


“ん? 珍しいな…”


これまで、
ミアも本番の時間が近付くと、
いつも一人になり、集中していた。

ミアが香大と似たタイプなのか、
想いを寄せる相手をリスペクトに真似してなのかは、
知らないが…。



“あれ… …もしかして… 俺を探してた?…”



桐ヶ谷は、からかうように言ってみようかと思ったが、
休憩時間が勿体無い。



「おう。お前の奢りな」

「ぇえー?」

「うそうそ」

桐ヶ谷は笑いながら、なんだか上機嫌に
ミアと 自販機へ向かった。




「何飲む?」

自販機にお金を入れ、ミアに尋ねる。


「えっ…、奢ってくれるの?」

「ほらっ、早く押して」

「あっうん」



缶コーヒーは 勢いよく落ちてきて、
桐ヶ谷は、ミアが取り出し易いように
取り出し口の蓋を開ける。


桐ヶ谷に気遣いをされながら、
ミアは、戸惑いながらも 缶コーヒーを手に取った。


「ありがとう」

「いいえ。どういたしまして」


気遣って優しくしてくれる桐ヶ谷に、
ミアは、桐ヶ谷の 知らなかった一面を垣間見る。


ミアは、
なんだか…
どきどき し始めていた…




いつもと違う行動のミアを見て、
今日は、
本番へのモチベーションに違和感があるのかな…と、
桐ヶ谷は、気に掛かる。



「今日は、珍しいな」

桐ヶ谷が、缶コーヒーを開けながら言う。

「なにが?…。 … いただきます」

ミアも 開けて一口飲む。



「いつもは一人になって 集中してるじゃん」

「あぁ…うん」

「今日は、いつもと違うのか?」

「うん…」

「これでイケそうか?」

「うん」

「俺と、居たかったんか?」

「うん」



“ん? 素直だな”

冗談混じりに言ってみたが、ミアから「うん」と返事がきて
桐ヶ谷は、驚いた。




“…俺は…こいつに気がある。

こいつも、俺に気があるのか?…”


ミアにバレないように 動揺を胸に秘め、
言葉を続けた。



「今日のラストまで、きっちり成功させて終えたら、

一緒に 映画でも観に行くか」


「うん」


映画好きなミアは、
両手で包んだ缶コーヒーを見つめながら、
自然な返事をした。
が、
次の瞬間、
ミアは、焦ったように反応した。


「えっ!?」


桐ヶ谷が、思わず噴き出す。


「お前、遅せーよ」

「なにがっ?」

ミアが、目を丸くする。


「もっと前から反応しろよ」

「なにっ、なんか言った?」

「聞いてなくて 返事したのか?」

「なんだったっけ」

「…、俺と居たかったんか? って」




“あっ…、、…そうだったような…”


ミアの顔が、真っ赤になる。


“まじかよ…”


桐ヶ谷は、胸が 高鳴る…




胸の内が桐ヶ谷にバレてしまって、
凄く恥ずかしい気持ちになったけれど…

ウジウジしてちゃ、自分らしくないっ




ミアは、満面の笑みで、大きく頷いた。


「うん! 行く!」





桐ヶ谷のお陰で、今日のらしくない自分から
抜け出せた。

モチベーションが上がってるのを
心身の内側から じわじわと感じる。





それは

まるで…




カクテルのよう…





シンクロし… クロスし… 微酔…鮮やかに


…色付いた…





ーー