ー ピンポーン ー


インターホンが鳴り、
恵倫子は、逸る想いで 玄関へと駆けた。


ドアスコープを覗き、陽音の姿に
すぐ様 扉を開ける。


陽音は、いきなり開いた扉に驚き、

「確認しなきゃ 危ないよ」 と、
いつもの優しい口調ながらも 咄嗟に嗜める。



陽音の言葉が耳に入ったか 否か、
恵倫子は、潤んだ瞳で 陽音を見つめたまま、
陽音の腕を掴んで 玄関の中へと 引き入れた。

そして、

無言のまま 陽音に 抱きついた。



ふたりを包み込んで
静かに 玄関の扉が 閉まる ……





“今日の恵倫子は… いつもと…”



いつも違う 恵倫子の様子に
一瞬 戸惑ったが、
しがみつくように 自分に抱きつく恵倫子に
陽音の心に、
愛しく 熱い感情が 込み上げてきて…


陽音は、思いっきり抱きしめた…


恵倫子が… 吐息を 漏らす…




陽音は、
このまま 恵倫子を押し倒したい衝動に 駆られた…



すると…

外から 子ども達の賑かな声が聞こえてきて、
その中に、聞き慣れた 響の声。


その声に、
ふたりは 我に返り、
強く抱き合っていた身体を 緩める。

でも、
すぐには離れられなくて…


「ママー、おしっこー」

そう言いながら、玄関扉を開けた響に気付き、
ふたりは、身体を離れた。

やはり 子どもの前では 恥ずかしさがあるのか…



「あっ、はるとおにぃちゃん」

「あぁ、こんにちは ゆらちゃん」

「こんにちは~」



響は、お辞儀をしながら挨拶をし、
恵倫子とふたりして玄関にいることに
キョトンとしながらも 靴を脱ぎ、
すたすたと家の中へと入っていく。


それを見ながら、恵倫子が声をかける。


「ゆら~、えらいねぇ、
ご飯よ~って呼ばれる前に 自分で帰ってきたの?~」

「おしっこいきたくなったからぁ~」

「あぁ~そっかぁ~」


恵倫子と陽音は、顔を見合わせて笑った。


そして、改まって 陽音に言った。


「どうぞ、上がってください」

「お邪魔します」




初めて入る、恵倫子の家。


部屋の中へと入りながら 陽音の胸は、
ドキドキしていた。



恵倫子もまた、ドキドキしていた。

この家に、初めて 男性を招き入れる。

そんな 緊張にも似た 胸のときめきを感じながら……



「好きなとこ座って」

「あっ、うん」


陽音は、珍しく 緊張ぎみに腰を下ろした。



恵倫子の匂い…

恵倫子が好きそうなカラフルでシックなインテリア…



やはり、女性の部屋は緊張するな… と、
久々に味わう 新鮮な気持ちに 浸った。





御手洗いから出てきた響が、陽音へと駆け寄る。


「遊びに来たの~?」

「うん。良かったかな?」

「うんっいいよ。今日、花火が上がるから来たの~?」

「ん?いいや、それは知らないな。花火が上がるの?」

「そうだよ!知らないで来たんだ、良かったね!
家から見えるんだよ~。
ベランダからも 縁側?からも よく見えるんだよ~」


「へぇ~、そうなんだ。難しい言葉を知ってるねぇ」

「そうだよ~、楽しみなんだぁ~」



陽音と響が、仲良く会話している光景を
キッチンから眺めながら、恵倫子は、そっと微笑む。



陽音に いろんな場所へ連れて行って貰った御蔭だなぁと、
一緒に遊んで貰ったり 共に愉しむ日々のなかで
響が、
陽音に心を開き 慣れ親しんできたことを
恵倫子は、感慨深く感じていた。




その夜、

三人は、恵倫子の家で 一緒に食卓を囲んだ。



「ん! わぁ!この炊き込みご飯っ、
とっても美味しい!」

陽音が、驚きながら 感嘆の声を上げる。

「そう? 良かったぁ」

「お店で出てくる炊き込みご飯みたいだ。
旨味が凄い…。恵倫子、料理上手だねっ」

「これね、
時短も兼ねた、隠し技があるのっ」

「隠し技?」

「そう!
インスタントの しじみの味噌汁を入れて作ったの」

「へぇ~、その旨味が」

「そうっ。
テレビでやっててね。
時間も短縮で、便利なんだぁ」

「へぇ~、
こんなに ちゃんと旨味が出るんだなぁ」

「ねぇ~」

「時短もできて、主婦の知恵かぁ~」


陽音は、感服しながら 味わった。





炊き込みご飯に、もつ鍋。

家族団欒のような時間を過ごした。



その光景に、

恵倫子は、響を見つめながら
“パパがいたら、こんな感じなのかなぁ…”
と、
初めて 陽音との[家族]というものを
想像した。



しかし、
一番は、響。



響が、少しでも嫌がるようなことは
家族として あってはならない。


愛娘との絆が壊れるようなことだけは嫌だ…と、
恵倫子の願望でもあった。




時を同じして、

陽音も 考えていた。



三人で一緒に鍋を囲むなかで、
家族のようだ…と、
恵倫子と響との[家族]を 想像していた。



そして、
陽音もまた、
“ゆらちゃんは、どう思うだろうか…”
と、
懐いてくれたから大丈夫 とは限らないことも予想して、
響を優先する意思を 改めて 心に刻んだのだった。



ーー