「瀬崎君、言ってたよね。奥さんと事情があって離れていた期間があるからって」

「ああ……。あの時は、酒も入っていたのでペラペラと喋ってしまいました」


瀬崎君がバツが悪そうに苦笑した。


「こんなこと聞くのも失礼かもしれないけど、離れていたのにまた一緒にいられるようになったのは、やっぱり信じていたから……?」


瀬崎君が驚いたように椅子ごと振り返った。


「やっぱ、ごめんね。ぶしつけだったよね。ごめんごめん」


こんな立ち入るようなこと突然聞くのは変だ。
笑って誤魔化して、自分の席に着こうとしたけれど、瀬崎君は落ち着いた声で話してくれた。


「人間は、どうしたって自分が可愛いですから。相手を信じるより自分を守りたくなります。俺だって、そうでした」

「でも、信じていたから奥さんと結婚できたんじゃないの?」


瀬崎君は顔を横に振る。


「妻と再会できたのは、運みたいなものが大きい。もし再会できていなかったら、俺は別れの原因をしらないままでいた。だからこそ、思い知ったんです」


瀬崎君がゆっくりと視線を窓の外に向けた。


「付き合っていた頃、自分は精一杯のことをしていただろうか。俺の傍にいてくれるのが当たり前になって、当然のように思っていなかったかって。そういうのって失って初めて気付くんですよ。失ってからじゃ遅いのに」


失って初めて気付く――。その言葉が重く重く、胸に横たわる。


「失う時の喪失感を味わったから、だからもう、絶対に後悔だけはしないようにと思いました。そう思えば、信じるって、実はそんなに難しいことじゃないと知りました。相手を想う気持ちが本物ならば、身体が勝手に動きます。少しでも長く傍にいてほしいと思うから。その気持ちをためらうことなく相手に伝えようと思いますから」


って、酒も入ってないのに喋り過ぎですね――と、瀬崎君が照れたように笑った。


「離れてしまったらどうすることも出来なくなる。だから、一緒にいる時こそ素直になっておかないと。単純ですよ。失いたくない人には、まっさらになれます」

「失いたくない人には、まっさらになれる……」


私は、暁さんを失いたくない。どんなに不安でも、彼の気持ちが見えなくなったとしても、失いたくないという気持ちには嘘偽りない。