『まだ、君は結婚していない。そんな自分を懸命に守っているように聞こえる』
そう昔の恋人に言われて、心がざわついた。
そんなこと暁さんに言えるわけない。
『結婚』なんて言葉を出して、重いと思われるのも嫌だ。
それなのに、こんなにも囚われて気にしているのは紛れもなく自分だ。
暁さんに再会した時、ただそれだけで嬉しかった。
二人で過ごせるだけで心満たされた。
それなのに、あんな言葉一つでこんなにも心かき乱されるなんて。
幸せだった時間を灰色に塗り替えてしまうなんて。
まっすぐに見つめることが出来たのに、その顔を見ることもできなくなるなんて。
どうして、私はこんなにも――。
「待てって」
居間から出て行こうとした私を暁さんが止めた。
「ゆかりは仕事に差し支えるようなことはしない人間だ。こんなに遠くまで、何かがあって逃げて来たのか? どうしても逃げなければならないことだった? それだったら構わない。言ってみろ」
「そんな風に責めないで。逃げたりなんかしてない。ただ……」
ただ――?
私は、一体何を求めているんだろう。
暁さんと結婚したいの?
暁さんからそれらしきことを言われていないことが不安なの?
だから、あんなどうでもいい人の言葉で揺らいだりしたの?
「不安になって、ただ、会いたくなって来ただけだよ」
顔を暁さんから逸らす。
「不安? 不安ってなんの?」
言ってしまえば、これまでの楽しい日々が終わってしまうかもしれない。
暁さんは自分の世界を大切にしている小説家だ。
誰かと一緒に暮らして、ましてや結婚なんて型にはまったものをしたいなんて思わないかもしれない。
今のような関係だから、一緒にいてくれるのかもしれない――。
次々に浮かぶ思いはどれも、自分にとって胸を刺すものだった。



