社員食堂での昼食を終え、自分の部署へと戻ろうとしていた。
その時、不意に呼び止めらる。
「ゆかり」
社内で気安く名前で呼ぶなんて――。そんなの、あの人しかいない。
無言のまま振り返った。
「人事部はどう? 慣れた?」
あまり気分はよくない。
それがおそらく表情にも出てしまっていると思うけれど、それにも構わずに私に近付いて来る。
「なんとか。慣れるよう努力してる」
固くなる自分の声。
ここで無視したりしたら、忘れられずに未練があるように誤解されてしまうかもしれない。
だから無表情のまま答えた。
「努力か……。ゆかりのためにあるような言葉だよな。本当に、おまえは仕事熱心だから」
左手薬指に指輪がきらりと光る。
かつて付き合っていた恋人。そして、今はただの同期で、そして奈美の夫。
「じゃあ、もう午後の始業始まるから」
笑顔を見せて立ち去ろうとした時、背後からまだ言葉が続いた。
「最近、ゆかり雰囲気変わったな。表情が柔らかくなった。何か、あったの?」
どうして、そんなこと過去の女に言って来たりするのだろう。
あんなに愛していた人だけれど、心にはもう何も残っていなかった。
だから、気分は良くないけど腹は立たなかった。
「うん。まあ、無駄に自分を追い詰めなくなっただけ、かな」
心から想う人がいて、安心出来て。
そんな人がいるだけで、こんなにも穏やかでいられる。
そして、自分を信じられるようになってから、誰かに不必要に振り回されなくなった。
結局は、全部自分なんだ。
弱い自分も無理する自分も、自分は自分。
その全部を一度受け入れろ――。
暁さんはいつも私にそう言うのだ。



