自分の生きて来た時間全てが虚しさにかわったあの日。
この場所で、初めて人の前で泣いたんだ。
あの、無精ひげを生やしたぶっきら棒な男の前で。


『十年も働いて、何も成し遂げていなくて勝てなくて、挙句の果てにこんなところで一人でお酒なんか飲んで、本当にどうしようもないオトナだ』


そう言って泣いた私に、あの男が優しく頭を撫でてくれた。
そして、無責任に慰めてくれたんだ。


『大丈夫。また、前を向けるよ』


あれから、歯を食いしばりながらも仕事して来た。


あの日、次第に闇に染まっていく海の前でどちらともなく寄せた唇は、携帯電話の呼び出し音に邪魔されて重ねることはなく。


お互い結局何の約束もないまま別れた。


今日、もしあの人に会えたなら――。


この一年間、時には泣いたりしながらも結局仕事を続けてきた。
だから、あの日からちょうど一年の今日、ここに来てもいいかなって思えて。

胸を張って、「ちゃんと前を向けたよ」ってあの男に言えるから。


でも、今日ここにいるとは限らない。


まさか、そんな偶然ない、か――。


突然海から風が吹く。磯の香に思わず目を閉じた。



「ここに来たってことは、この一年は頑張れたんだな」


え――?


あの日聞いただけの声なのに、すぐに記憶が呼び起こされる。


相変わらずの無精ひげの男が不敵な笑みを浮かべていた。